なぜ、接客敬語を一流ホテルに学ぶのか?
一流ホテルには、お客さまに気持ちよく過ごしてもらうための接客の極意が受け継がれているからだ。
とくに敬語は接客の入り口だ。言葉がうまく操れないと、最高のサービスは提供できない。新入社員時代には、正しい接客敬語の使い方を徹底的に叩き込まれる。
さぞかしむずかしい敬語を使いこなすのかというと、そうでもない。接客では、わかりやすい言葉遣いで、簡潔に意思を伝えるのが基本だ。丁寧すぎる敬語は、かえって慇懃無礼な印象をお客さまに与える。
一流ホテルの従業員たちが実践する挨拶や声掛け、お礼、クレーム対応から、正しい接客敬語の使い方を学ぼう。
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接客敬語の基本
一流ホテルには、利用客に気持ちよく過ごしてもらうための接客敬語の基本がある。これは、新入社員研修や部門ごとの研修で、繰り返し徹底されている接客対応の基礎だ。
例をあげよう。「あいにく話し中でございますが」という言い方は丁寧に聞こえる。だが、語尾を「が」で止めるのは、一流ホテルではご法度。理由は、お客さまの次の対応や言葉を待っている(あるいは催促している)ような印象を与えるからだ。
「話し中でございますが、ご伝言を承りましょうか」と、こちらの対応を最後まで伝えるほうが、お客さまの好感度は増す。
もうひとつ例をあげよう。「〇〇様のフルネームをお願いいたします」。この言い方は、ホテルやレストランの予約時によく聞くが、これも一流ホテルでは使わない。理由は、カタカナ言葉をむやみに使うと、お客さまに不快な印象を与える恐れがあるからだ。
「〇〇様のお名前を伺えますか」あるいは「〇〇何様でいらっしゃいますか」と聞くようにする。
また、「離席」「出張中」といった熟語は、突き放した硬い印象を相手に与える。会話では、避けるほうがいい。「席を外しております」「出張しております」と話し言葉にすると、伝わる印象がずっと柔らかくなる。
接客敬語は、こうした小さな心遣いの積み重ねなのだ。
単語止めで話を終わらせない
「これ、会議の資料」などの乱暴な言い方は、同僚同士でも避ける。「これは会議の資料です」と、職場では「です、ます」で丁寧に話す。
「が」止めで話を終わらせない
「話し中でございますが」と、文が途切れたまま終えるのは避ける。「ご伝言を承りましょうか」など、自分の対応を続ける。
安易にカタカナ言葉を使わない
「〇〇さま、フルネームをお願いいたします」も使わない。安易にカタカナ言葉を使うと、場合によっては相手を不快にさせる恐れがある。
熟語はあまり使わず、平易な話し言葉を使う
「離席」「出張中」など、硬い印象の熟語は避ける。「席を外しています」「出張しております」と、話し言葉でわかりやすく伝える。
相手の使った言葉は別の言葉に言い換えない
相手が「リザベーション」といったのに「予約」と言い返すなど、言葉を安易に置き換えると、不遜と受け取られかねない。
接客敬語の練習問題
「おっしゃられる」「お休みをいただいております」。よく耳にするこうした言葉も、実は間違った表現だ。
正しい使い方を忘れて、自己流の敬語を話している人も多いはず。まずは、敬語の基本問題をおさらいしてみよう。ホテルの社員研修で出題される問題から、誤答率が高いものを5問紹介する。
① 「おっしゃられる」は文法的に間違いだ。正しい敬語に直そう。
② 「〇〇さんはおられますか」は間違った言い方だ。正しい敬語に直そう。
③ 「本日、〇〇はお休みをいただいております」は誤りだ。正しく言い直すとどうなるか。
④ 「もう一度、言ってください」を正しい敬語に言い換えるとどうなるか。
⑤ 「わかりません」や「できません」のような否定語の印象を和らげるためには、どう言い換えるとよいか。
「おっしゃられる」→「おっしゃいます」
「おっしゃられる」は、「言う」の尊敬語「おっしゃる」に、尊敬表現の「られる」がくっついている。二重敬語と呼ばれる誤った使い方の代表格だ。
「おっしゃいます」または「おっしゃる」が正しい敬語の使い方だ。
「おられますか」→「いらっしゃいますか」
「おられますか」は、年配の人でも間違える表現だ。「おる」は自分がへりくだるときに使う謙譲語だから、「られる」をつけても相手への尊敬語にはならない。
「いらっしゃいますか」が正しい尊敬語だ。
「お休みをいただいております」→「休みでございます」「休んでおります」
休みの許可を与えるのは、お客さまではなく会社だ。社員同士で「お休みをいただきます」と言うのはよいが、社外の人に言うのはおかしい。
「本日、〇〇は休みでございます」あるいは「〇〇は休んでおります」と言うのが正解だ。また、社員の休みに「お」をつけて社外に伝えるのも避ける。
「言ってください」→「おっしゃっていただけますか」
「〇〇してください」はつい言ってしまいがち。だが、基本的には命令の表現なので、相手に対して失礼にあたる。
この場合は、「おっしゃっていただけますか」と疑問形にして、相手に依頼するかたちをとる。印象が柔らかくなる。
「わかりません」「できません」→「わかりかねます」「できかねます」
「わかりません」や「できません」と、否定語を断定的に話すのは素っ気ない。相手が受ける印象も悪くなる。
「わかりかねます」「いたしかねます」など、「かねます」を加えて印象を和らげよう。
正しい接客敬語の使い方
ここからは、シチュエーション別に正しい接客敬語の使い方をみていこう。
- 挨拶・声掛け
- お礼
- クレーム対応
挨拶・声掛け
率先して声を掛けるのが、接客の基本姿勢だ。
あいさつの基本は「語先後礼(ごせんごれい)」。お客さまとすれ違うときには必ず立ち止まり、「いらっしゃいませ」と先に声を掛けてからお辞儀をする。ビジネスパーソンも、目上の人や取引先の人と挨拶を交わすときには、ぜひ実践してほしい。「礼儀正しい人」だと好感を抱かれるはずだ。
声の掛け方にも工夫がある。荷物を持ったお客様には「お待ちしましょうか?」と尋ねるのではなく、「お持ちします」と声を掛ける。はっきりと意思表示するのだ。
接客では、臨機応変さも必要だ。マニュアル的に対応していると、とっさに正しい敬語がでてこない。お客様の要望を聞き逃す場合がある。お客さまの望みを臨機応変に聞き出すには、正しい敬語を身に付けたい。
声掛けの基本は「いらっしゃいませ」
最近では、お客さまに「こんにちは」と声を掛ける飲食店もある。親しみを演出するためだろう。
だが、接客の挨拶は「いらっしゃいませ」が基本だ。どんな年齢層の方にも受け入れてもらえる。
「おはようございます」は午前10時半まで
「おはようございます」と挨拶するのは、早朝から午前10時半ごろまでが目安だ。その後は「いらっしゃいませ」に切り替える。普段の会話でも、午前10時半を朝の挨拶から昼の挨拶に切り替えるタイミングとすればいいだろう。
挨拶の基本は「語先後礼」
お客さまとすれ違うときには、必ず立ち止まって挨拶をする。「いらっしゃいませ」と声を掛け、その後にお辞儀をする。お客さまには、歩きながらの挨拶よりも上品に映るはずだ。
声かけは断定形がスマート
「お持ちしましょうか」は疑問系だ。「持ったほうがいいですか? 持たないほうがいいですか?」と、お客さまに判断を委ねるかたちになる。余計な手間をかけるのだ。お客さまの答えを待つのではなく、「お持ちします」と声を掛けるのがスマートだ。
見送りは「お待ち申し上げております」
「ありがとうございました。またのお越しをお待ち申し上げております」と言うのが、お客さまが帰るときの正しい挨拶だ。会食などの別れ際には、「ありがとうございました。またご一緒させてください」とひとこと添えよう。好印象になる。
問いかけには具体的に答える
お客さまの質問に、「結構です」とだけ答えるのはあいまいな返事になる。「結構です」は、承諾と拒否のどちらにも受け取れるからだ。とくに電話対応では、表情やしぐさが見えないため危険だ。
接客では「はい、結構でこざいます。〇〇します」と具体的に答えるとまちがいがない。たとえば「荷物をさきに送っていいですか」と電話で聞かれたら、「はい、結構でございます。フロントでお預かりします」と答えよう。
「大丈夫です」は使わない
「〇〇できますか」と質問されると、「はい、大丈夫です」とつい返事をしてしまう。だが、これはまちがった言葉遣いだ。
「大丈夫」は友人や家族など親しい相手に限って使う言葉。お客さまや目上の人には使わない。「はい、ご利用いただけます」と答えるのが正解だ。
お礼
お客さまから褒められたとき、素早く適切なお礼の言葉を返せる人は敬語の上級者といえる。だが実際には、照れたり戸惑ったりして、なかなかうまく言葉が出てこないものだ。
お礼では、「お誉めいただいてありがとうございます」「お言葉ありがとうございます」の返事がさっと出るとスマートだ。お礼の前に相手の名前を加えると、感謝の気持ちがより伝わる。
「とんでもないことです」と返してもよいが、なんども使うとへりくだりすぎた印象になる。ときには「ありがとうございます」と笑顔を見せよう。
「とんでもございません」はまちがった敬語
「とんでもございません」には文法的なまちがいがある。「とんでもない」でひとつの形容詞なので、「ない」だけを「ございません」に置き換えるのはおかしい。文法的には「とんでもないです」「とんでもないことです」が正しい使い方だ。
最近では「とんでもございません」も世間では受け入れられている。ただし、違和感を覚える人がいる(とくに年配の人)のは覚えておこう。
お礼は「ありがとうございます」+α
お客さまから感謝の言葉を掛けられたときのお礼は、「ありがとうございます」だけだとちょっと物足りない。なんだか素っ気ないのだ。
返事には「お誉めいただいて」「お言葉」といった言葉を「ありがとうございます」の前につけよう。感謝の気持ちがより具体的に伝わる。とびきりの笑顔を忘れずに。
クレーム対応
クレーム対応は苦手な人が多いだろう。不満や苦情に関する会話ほど、むずかしいものはない。言葉遣いを誤ると、お客さまの怒りをさらに加速させるからだ。
気をつけたいのは、相づちの打ち方だ。クレーム対応では、相づちの打ち方ひとつが明暗を分けるときもある。
接客では「はい」が正しい相づちだ。「ええ」は、お客さまや目上の人には使ってはいけない。自分と対等か、あるいは目下の人に使う言葉だ。
相づちが単調になってもいけない。事務的な印象を与える。ときには「さようでございましたか」など、相手にしっかりと話を聞いているのが伝わる相づちを挟みたいところだ。
街中では「どうもすみません」と電話で謝るサラリーマンの姿をよく見る。だが、クレーム対応ではNGワードだ。
「すみません」は、基本的に対等な立場の人のあいだで使う謝罪の言葉だ。お客さまや目上の人には、使わない。「大変申し訳ございませんでした」や「ご無礼いたしました」など、丁寧な謝罪の言葉を使うのが正解だ。言葉の選択を誤ると、こちらの誠意が相手に正しく伝わらない。
クレーム対応では、話すテンポや声の抑揚にも気を配りたい。苦情の電話にテキパキと返事をするのは、事務的な対応と思われる。これでは印象が良くない。声の高さをいくぶん低くして、共感を示そう。
ゆっくり話すのも大切だ。こちらがゆっくり話すと、相手も気持ちが落ち着いてくる。怒りのボルテージも少しは下がる。
クレーム対応では、相手の感情が高ぶっている場合がほとんどだ。支離滅裂で、なにを言いたいのかわからないことが多い。
そこで使いたいのがクッション言葉だ。「恐れ入りますが」「お差し支えなければ」など、クッション言葉を会話に適度に挟むと、相手の気持ちが和らぐ。相手の伝えたい内容を正確に聞き取ることができる。
ただ謝るだけでは誠意が伝わらない
クレーム対応では、「すみませんでした」「どうもすみません」をひたすら繰り返すのは逆効果だ。その場しのぎに謝っていると思われる。相手の感情を損ねることになりかねない。ただ謝ればいいのではなく、相手の話をよく聞いて誠意をみせる姿勢が大切だ。
「すみません」は使わない
「すみません」は、友人や同僚など対等な立場の人同士で使うのはよいが、外部の人には軽すぎる。謝罪では、相手に誠意を感じてもらえる言葉を、ゆっくりと丁寧に話す。
- 大変、失礼いたしました
- 大変、申し訳ございませんでした
- 心よりおわび申し上げます
- ご無礼いたしました
傾聴を心がける
クレーム対応は、ただ漠然と話を聞くのではない。話の内容を「真剣に聴く」傾聴の姿勢が大切だ。電話であっても、まじめに話を聞いているかどうかは相手に伝わる。解決を焦らずに、ゆっくりと相手の話に耳を傾けよう。
クッション言葉を挟む
クッション言葉を挟むと、表現がソフトになる。相手への心遣いが感じるからだ。
- 手元に確認できる資料がございません
- 恐れ入りますが、手元に確認できる資料がございません
とはいえ、とっさにはなかなか出てこない。クッション言葉の語彙を日ごろから増やしておこう。
言いにくいことを電話で伝えるクッション言葉【25例文付き一覧表】
相づちは「はい」を使う
相づちを打つときには、日ごろの会話の癖に気をつける。友達と話すように「うん」と言ってしまうと、さらに怒りを買う。
相づちには「ええ」も使わない。「ええ」は丁寧な言葉だと思っている人もいるが、本来は自分と対等な相手か、あるいは目下の人に使う言葉だ。接客では「はい」と相づちを打つのが正しい。
同意を伝えるときは「さようでございますか」
正しいからといって「はい」ばかり繰り返すのは芸がない。事務的で冷たい印象を与える恐れもある。ときには「さようでございますか」「さようでございましたか」などの同意の言葉を挟もう。同意を伝えるときは、声のトーンをやや落として、ゆっくりと話す。
折り返し電話は3分以内
「折り返しご連絡します」と返答したなら、折り返しの電話は2〜3分以内にかける。それ以上待たせるのは失礼にあたる。
時間がかかりそうな場合は「お調べしてご連絡いたします」にする。責任者が不在のときは「戻り次第、ご連絡させるようにいたします」と言うといい。
復唱は正確に
接客では「〇〇でございますね」と復唱するのが基本だ。クレーム対応では、内容をまちがえないようにしたい。復唱した内容がまちがっていると、「聞いていなかったのか!」とさらに怒りに火をつける結果になる。正確に復唱すれば、相手の怒りを落ち着かせることができる。
相手の言いたいことを正確に把握
クレーム対応では、相手の言いたいことを正確に把握するのが第一だ。怒りや不満の原因ががわからないと、対応のしようがない。
だが、これがなかなかむずかしい。誰もが筋が通った話をしてくれるわけではないのだ。とくに怒っている人の話は、内容を掴むのがひと苦労だ。
そこで大切になるのがこちらからの質問だ。「どんな」「誰が」「どこで」などの言葉を使って、クレームの原因を突き止めておこう。相手の話を把握しようとする姿勢が、先方の気持ちを落ち着かせることにもつながる。
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