ストレスが多い現代社会では、心の病は突然やってくる。自分が、家族が、まわりの人たちが、もしかすると明日発症するかもしれない……
いまや国民病といわれるうつ病に、どう向き合えばいいのか。
うつ病の典型的な9つの症状例と、患者への接し方をまとめた。大切な人を守るためにも、参考にしてもらいたい。
mokuji
うつ病ってどんな病気?
「うつ病とは〇〇である」とはっきり答えることはできない。病気の正体や原因が、いまだによくわかっていないからだ。ひとつの病気というよりは、「うつ」という心の病が引き起こす、つらい状態をまとめて「うつ病」と呼んでいると考えたほうがわかりやすい。
少しややこしい話になるが、最新の脳科学では、うつ状態のときには脳内神経伝達物質であるセロトニンやノルアドレナリンが減少しているのではないかといわれている。また、それらの物質の異常以外に、神経ネットワークにも変化が起きているともいわれている。
神経伝達物質とは、細胞と細胞のあいだを行き来して、情報を伝える物質のことだ。これらの物質が正常に活動してくれるおかげで、僕らは身体のいろいろな機能を使うことができる。
うつ病が発症するのは?
うつ病は、強いストレスが引き金になって発症する。たとえば次のようなできごとだ。
これらの例からもわかるとおり、うつ病とは、ある意味では人間として当たり前の反応だといえる。嫌なことがあって、そこから一旦逃げる。そして一度態勢を立てなおす。強いストレスにぶつかれば、誰だって気分は上下するものだ。
ただ、その反応があるレベルを超えてしまうと、生活に支障がでてくる。そうなったときには医学的な治療が役に立つので、病気と呼ばれている。
うつ病になりやすいのは?
世間では、まじめで責任感の強い人がうつ病になりやすいといわれているが、実際にはだれでも発症する可能性がある。その人にとって苦手な状況におちいったときに発症する病気だと考えておこう。
たとえば、人間関係を大切にする人には、仕事の成績より職場の人間関係の挫折のほうが心に重くのしかかる。逆に仕事重視の人は、ノルマが達成できないと気分が落ち込む。当たりどころが悪ければ、どんな人だってうつ病になるのだ。
うつ病になりやすいのは男性より女性
女性は男性の2倍以上、うつ病になりやすいことがわかっている。男性主導の社会的で生きるストレスや、月経や妊娠、出産などのホルモンの変化が原因だ。
また、女性は考えることでストレスに対応する傾向がある。心のなかにストレスがたまりやすいのだ。
逆に男性は行動でストレスに対処する。アルコールなどの依存症になりやすいのはそのためだ。しかし近年は、女性の社会進出が進み、男女差は小さくなってきている。
「うつ状態」と「うつ病」はどうやって判断する?
その症状がうつ病なのか、それとも落ち込んでいるだけなのかを判断するのはむずかしい。「ここからがうつ病です」というはっきりとした基準はないのだ。
うつ病は、グラデーションのように少しずつ症状が変化していく。たとえば、大切な人との死別のような大きな体験をしていなくても、僕らは失恋や転勤、昇進などの小さな喪失を日常的に経験している。気分が沈むことは、そんなにめずらしいことではない。
「うつ状態」を「うつ病」だと容易に決めつけるべきではない。一般的には、気分の落ち込みなどの、うつをしめす症状が2〜3週間つづけば「うつ病」を疑う。この2週間という期間には、しっかりした根拠はない。しかし、うつの症状を「症状の重さ×時間経過」で見るのは有効だ。
たとえば、仕事でミスをして落ち込むことは、だれにでも経験がある。多くの人は、数日経てば「またがんだろう」という気持ちになるだろう。
だけど、数日だっても気分が晴れないどころか、徐々に憂うつ気分や眠れないなどの症状が悪化し、まったく立ち直るきざしが見えないことがある。その場合には、医療機関で診断してもらったほうがいい。
風邪をひいたくらいなら、すこしくらい熱があっても病院には行かずに様子を見るだろう。そこから熱がさらに上がったとき、薬を飲んだり病院に行ったりする。うつ病も同じように考えればいい。
とにかく辛くて、なにもやる気が起きない、仕事や家事、睡眠などの日常生活に支障がでてきたなど、あきらかに生活に悪い影響が生じているときには、医療の手を借りたほうがいい。
うつ病を疑うべき典型的な9つの症状
1の「抑うつ気分」と2の「興味や喜びの喪失」のどちらかを含めて5つ以上の症状が2週間以上続くようなら専門医を受診したほうがいい。あきらかに辛そうなのに、本人が「これくらい大丈夫」とがんばりすぎていることもある。その場合、家族のひと言が命を救うかもしれない。
家族や同僚の異変に気づくには?
まわりが気づきやすい症状は、ほんやりしている、笑顔がなくなった、食欲が落ちた、付き合いが悪くなったなど。ほかにも、朝刊が読めなくなる「朝刊症候群」や、夜中に目が覚めて布団の中で思い悩んでしまう「午前3時症候群」も手がかりになる。
うつ病患者がやっていいこと、悪いこと
うつ病は、心と身体の両方を休めるようにとの心身からの警告だ。
会社員は上司と相談して仕事を調整する。家事や育児は家族の手を借りたり、業者のサービスを利用したりして負担を減らそう。
すこし疲れが取れてきたら、趣味を再開してみる。やりがいを感じたり、気持ちが楽になったりする行動を増やすのは、「自分にもできることがある」というプラス方向への発想の転換につながる。
仕事や家事ができないのに楽しんでいいのかとは考えないこと。楽しい時間を過ごすことが、うつ病の治療になる。
やったほうがいいこと
身体を動かすことは気分を楽にする。散歩など、簡単なことからはじめよう。だけど、歩きながら心配事を思い出してしまえば、ちっとも気持ちは楽にならない。風を感じたり、草木に目をやったりと、散歩という行動に集中しよう。
朝は決まった時間に起きよう。ベッドの中でいつまでも悩むのはやめて、太陽の光を浴びる。どうしても起き上がれない場合は、カーテンをあけて部屋を明るくするだけでもいい。 夜は眠くなってから布団に入る。布団に入ったらすぐに眠るという習慣をつけるためだ。15分以上眠れないときには、一旦その場を離れて、別のことで時間を過ごす。眠くなってきたら布団に戻ろう。 それでも眠れないときには、開き直ろう。いつかは眠れるさ。
書くという作業は、自分を客観的に見つめることにつながる。数週間前には起き上がることもできなかったのに、今では散歩に出かけられるようになったなどと、あとで振り返ることができる。 気分に波があることを客観的に理解できるようになると、うつの揺り戻しがきても、あせらず自分を取りもどせる。 ただし毎日書くことを義務にはしないこと。辛くなる。
やったらダメなこと
気晴らしや睡眠薬の代わりにお酒を飲むのはやめたほうがいい。アルコールには眠りを浅くしたり、気分を沈み込ませたりする作用がある。依存症のリスクや、うつ病の再発のリスクも高くなる。
テレビや本で暗い話をみるのはよくない。自分の責任のように感じたり、自分と重ねて辛くなったりしてしまう。
身近な人がうつ病になったとき、どうすればいい?
「がんばって」は禁句だと言われるように、うつ病患者に対しては、励まさないのが原則だ。
「こんなはずじゃない」と1番あせっているのは患者自身。そんな状況を抜け出そうとしているときに励まされれば、自分を否定されたように感じるだろう。否定もせず、肯定もせず、ただ話を聞いてあげる。それだけで患者の気持ちはずいぶんと楽になる。
ただ、家族は例外だ。「心配しているよ」という気持ちをありのまま伝えたほうがいいときもある。家族とのコミュニケーションには意味があるのだ。
声をかけるときには「眠れていないようだけど」など、具体的になにを心配しているのかを伝える。できるかぎり穏やかな言葉づかいで話すように心がけたい。なにか問題があればいっしょに解決方法を探そうと伝えてあげよう。
配偶者がうつ病になったとき
配偶者がうつ病と診断されたときには、妻や夫という役割以前に自分もひとりの人間だということをしっかりと心にとめておこう。
「妻(夫)としてこうあるべきだ」と思い込むと、お互いにつらくなる。「自分ができるのはここまで」と線をひいて、周囲に助けを求めよう。ときにはひとりの時間を過ごしたほうがいい。
うつ病の治療には時間がかかることもある。患者に振り回されず、自分の生活を守る。自分にできること、できないことを客観視できる距離感を保つのが大切だ。
適度な距離感は患者のためにもなる。干渉しすぎれば「自分はダメな人間だ」「負担をかけて申し訳ない」と追い詰めてしまうことも。
子どもがうつ病になったとき
近年は子どものうつ病が増えている。
子どもは抑うつ状態という気持ちをうまく言葉にできない。うつや絶望感といった複雑な感情を言葉で表現できるようになるのは、もっと大人になってから。子どものうつ病に気づくのは、大人以上にむずかしいのだ。
遅刻が多い、成績が落ちた、学校に行く時間にお腹や頭が痛くなる、などがひんぱんに見られるようなら気をつけたほうがいい。
中学生、高校生の非行は、言葉で表せない抑うつ的な気持ちを問題行動という形で表現していることがある。まわりの大人たちは、表に現れた問題行動だけを責め、背景には目を向けない。子どもたちは「だれにも理解してもらえない」と希望を失い、最悪の事態に発展する可能性がある。
会社の人がうつ病になったとき、どうすればいい?
職場でもうつ病で休職する人が増えている。部下や同僚がうつ病の兆候を示したら、すぐに適切な対応をとらなければならない。
部下がうつ病になったとき
入社したばかりの若手社員の「過労による自殺」がニュースで報じられることが多くなってきた。
過労による自殺のほとんどは、仕事の負担が原因でうつ状態が悪化していることを上司が認識していながら、仕事量を調整するなどの適切な措置を取らなかったという安全配慮義務違反だ。
上司の抽象的なアドバイスほど役に立たないものはない。「できない分の仕事は、他の人に頼みなさい」「遅くまで残らずに、はやく帰りなさい」など、こんな無責任な発言はない。部下をさらに追い込むだけだ。
上司は自分の目線からではなく、部下とおなじ高さまで降りて、そこから具体的な対策を提示してあげてほしい。決して「なぜ?」と原因や理由を追求しないこと。部下は責められていると感じる。
部下と話をするときには「どのように」を意識する。どのようなプロセスで問題が起きたのか、どのように解決していけばいいのか、をいっしょに考えてあげてほしい。
同僚がうつ病になったとき
同僚の場合には、様子がおかしいと感じた時点で本人に声をかけてあげよう。
このとき、「さいきん、調子わるそうだね?」のように抽象的な問いかけはしないこと。
「仕事がたまっているけど、無理してない?」「顔色が悪いけど、眠れてる?」など、具体的な根拠を示しながら、心配していると伝える。場合によっては、専門医への受診をうながす。
うつ病はだれもが発症する可能性がある。対応をあやまると、自殺という最悪の結果をもたらす。しかし、自殺の兆候を感じ取ることはむずかしい。ほぼ不可能だ。
うつ病のときには、衝動や不安を抑える力が弱くなる。通勤電車への飛び込みなど、突発的に自殺を選んでしまうリスクが高いのだ。
日頃から一人ひとりの業務量を適切に管理し、行動や様子に気を配る。たとえ仕事がストップしてしまったとしても、最悪の事態を未然に防ぐチャンスだと考えるようにしたい。