『むらさきのスカートの女』で令和初の芥川賞 今村夏子の魅力に迫った!

『むらさきのスカートの女』で令和初の芥川賞 今村夏子の魅力に迫った!

令和初の芥川賞が『むらさきのスカートの女』に決まった。ホテルの会見場で、作者の今村夏子さんは受賞の喜びを語った。

「わたしにはとても手の届かない、一生とれない賞だと思っていた。受賞できたのは本当に驚きました。これからもがんばらないとなと思っています」。

今村さんが紡ぐ物語は、文豪に愛されるようだ。過去には太宰治、三島由紀夫の名を冠した賞を受けている。そして今回は芥川龍之介。よほど文豪たちの好みらしい。

文豪に愛され女子、芥川賞作家・今村夏子さんの魅力に迫った!

『むらさきのスカートの女』の選評

文句なしの受賞だった。芥川賞候補4作品のうち、『むらさきのスカートの女』だけが1回目の投票で過半数を超えた。2回目の投票では、さらに票を伸ばした。

選考委員の作家・小川洋子さんは、『むらさきのスカートの女』についてこう述べた。「そこに、むらさきのスカートの女という、いるのかいないのか、実在するのか妄想の中だけにいるのかという、ちょっと不思議な存在をもってきて、それを鏡にして、そこに映るわたしを描いていくということで、語り手の本性に迫っていくという構造が、非常に成功している」

作者・今村夏子さんについては、こう語る。「狂気にとどまらない、狂気を突き抜けた先にある哀れさみたいなものを、本当に描ける人だということを今回の作品でも再認識できたと思います」

選考会では、選考委員による議論が起きた。「むらさきのスカートの女」と「わたし」はそれぞれ別の人物なのか、それともふたりは同じ人物なのか。活発な議論は、作品の評価をさらに高めた。

今村さん本人は「同一人物と想定して書いたわけではない」そうだ。だが、書き終わった後に読み返したときには、「いろいろな読み方ができておもしろい」と担当さんと話していたという。

「いろいろな読み方をしていただいたほうがうれしい」。受賞会見で今村さんは微笑んだ。

『むらさきのスカートの女』あらすじと感想

「うちの近所に『むらさきのスカートの女』と呼ばれる人がいる」。

女は、町で知らない人がいないほどの有名人だ。公園では毎回いちばん奥のベンチに座る。いたずらを仕掛けられるなど、子どもたちからは罰ゲームの対象として扱われている。

若く見えるが、近づいてみるとそれほど若くない。知人に似ているが、よくよく考えると似ていない。髪はバサバサで、頬にはしみがある。そんな女だ。

語り手の「わたし」は、女が気になって仕方がない。女と親しくなりたいと思う。また、憧れてもいる。「黄色いカーディガンの女」を自称している。

「むらさきの女と友達になりたい。でもどうやって?」

わたしは、こと細かに女を観察している。女に気づかれないように世話を焼いたり、女に同情して気を揉んだりする。明らかにストーカーだ。

ある日わたしは、女がいつも座るベンチに求人情報誌を置いて、自分と同じ職場で働くように仕向ける。わたしの仕事はホテルの客室清掃員だ。同僚になったふたりは、同じバスで職場に通いはじめる。

わたしの数々のおせっかいは、女にまったく気づかれない。それどころか、わたしの存在にすら女は気づかない。わたしは一体、何者なのか。そもそも、わたしは存在するのか。わたしについては、ほとんど描かれない。

むらさきのスカートの女のことなら、わたしはなんでも知っている。女に起こる事件にわたしは関わらない。それなのに、その場にいたかのように語る。それが自分の物語であるかのように。

物語は不穏な空気をまといつつ進んでいく。むらさきの女の体験と、わたしの体験が混ざりあう。ふたりの境界は薄まり、読者をさらに混乱させる。

職場に馴染みはじめた女は、次第に普通の人になっていく。女の様子が変わるにつれて、わたしの異常さがより浮き彫りになる。物語はラストに向けて加速する。

今村夏子さんの受賞歴

今村夏子さんは、次々と作品を書くタイプの作家ではない。デビューから9年間で刊行したのは5作品だ。

  1.  『こちらあみ子』
  2.  『あひる』
  3.  『星の子』
  4.  『父と私の桜尾通り商店街』
  5.  『むらさきのスカートの女』

受賞歴はすごいとしか言いようがない。『父と私の桜尾通り商店街』以外は、なんらかの賞を取っている。純文学界の賞金女王だ。

今村作品は昭和の文豪に愛されている。太宰治、三島由紀夫、そして今回の芥川龍之介。作品の帯にはそうそうたる顔ぶれが並ぶ。

  • 2010年 デビュー作「あたらしい娘」(のちに「こちらあみ子」に改題) 太宰治賞
  • 2011年 「あたらしい娘」と「ピクニック」を収めた『こちらあみ子』 三島由紀夫賞
  • 2017年 『あひる』 河合隼雄賞、『星の子』 野間文芸新人賞
  • 2019年 『むらさきのスカートの女』 芥川龍之介賞

芥川賞は2度落選していた。候補にあがったのは、第155回『あひる』、第157回『星の子』。デビューから9年目、念願の受賞となった。

今村夏子さんの経歴

今村夏子さんは広島市で生まれた。大阪市内の大学に進学する。

19歳のとき、「人と接しない仕事に就きたい」と思い立つ。人付き合いはもともと苦手。さらに当時の今村さんは、嘔吐症に悩まされていた。

ぐらぐらと揺らぐ天井を眺めながら「人と接しない仕事って、どんなのがあるのかなあ」とぼんやりと考えたという。

最初に思いついたのは、絵本作家だ。その場でストーリーを考えはじめた。だが、すぐに面倒臭くなった。絵本作家になるのは早々にあきらめた。

次に挑戦したのは漫画家。今度は本気だった。道具もひととおり買い揃えた。絵本では1つも思いつかなかったストーリーが、漫画では2つも思いついた。

少女漫画誌と青年漫画誌に1作品ずつ原稿を送った。青年漫画誌には名前が載った。だけど、3つ目のストーリーはとうとう思いつかなかった。家の中で働くのは、一旦あきらめた。働きに出ることにした。

大学卒業後は、アルバイトを転々とする日々が続く。なにをやっても楽しくなかった。

26歳で、今村さんはとうとう安住の地を見つける。ホテルの清掃員のアルバイトだ。「天職かもしれない」と感じるほど、清掃員の仕事は自分に合っていた。人にも恵まれた。働くのが楽しい。初めて感じた。

30代が見えてきた頃、転機が訪れる。ホテルのバイト先から突然、「明日は休むように」と言われた。今村さんは落ち込む。「毎日働く気は満々だった」からこそ、なおさらに落ち込んだ。

もともと激しかった被害妄想が、さらに追い討ちをかけた。「自分は必要とされていない」「自分は疎まれている」「あの人からもあの人からも嫌われている」。妄想はふくらみ続けた。

「何かしなければ」。小説を書いてみようと、ふと思った。手元にあった使いかけのノートに、頭に浮かんだことを書きつけていった。29歳のときだ。

初めて最後まで書き上げた作品が、デビュー作の『こちらあみ子』。学校ではいじめられて、母親には見捨てられて、世界からのけものにされた子ども「あみ子」が主人公の物語だ。感受性の強いあみ子が霊的な存在とたびたび心を通わせる様子や、世の中の残酷さをピュアな少女の視点で描いた。

『こちらあみ子』は高い評価を得る。大型新人として次回作が期待された。だが、三島賞受賞時のインタビューでは、「今後、書く予定はない」といった趣旨の言葉を残した。

その言葉どおり、作品を発表しない時期があった。鮮烈なデビュー後の沈黙。「作品はもう書かないのだろうか」「伝説の天才作家として消えるのか」。出版関係者のあいだでは、そんな風にささやかれた。

だがしばらくして、今村さんは再び物語をつむぎはじめる。福岡の出版社・書肆侃侃房(しょしかんかんぼう)の編集長から文学ムック「たべるのがおそい」の創刊号への原稿依頼が届いた。

今村さんが書いたのは『あひる』。次々と入れ替わっていくあひる「のりたま」を中心にした、大人と子どもたちとの不穏な関係。日常に潜む違和感と不安をユーモアたっぷりに描いた。

『あひる』は芥川賞の候補にあがる。地方の出版社の文学ムックから芥川賞の候補作が出るのは、とても珍しい。惜しくも受賞は逃したが、まさしく快挙だった。

2017年には、『星の子』が再び芥川賞の候補になる。宗教にのめり込む両親、次第に壊れていく家族を中学3年生の女の子の視点で描いた作品だ。しかし、またしても受賞には至らない。

2019年、『むらさきのスカートの女』で3度目の挑戦にしてついに芥川賞を受賞する。

子どもは苦手だったが、出産を経て、よその子どももかわいいと思えるようになった。大人の女性と子どもが交流する場面が書きたいと思った。芥川賞受賞作『むらさきのスカートの女』は今村さんの心境の変化から生まれた。

今村夏子さんという人間

今村夏子さんはシャイな女性だ。幼い頃から人付き合いが苦手で、ひとりでいるのが好き。心を許した人としか話さない、おとなしい子どもだった。

大人になってもそれは変わらない。保育園に通う2歳の娘がいるが、ママ友はいない。「話しかけられると緊張してなにを話したらいいのかわからないんで」。本人は苦く笑う。

いつも自然体で、自分をむやみに飾ろうとはしない。『むらさきのスカートの女』の書店向けサイン色紙には、「友だちのいない女の人を書きました」とある。担当編集者には、「わたし自身、友だちいないんで」とあっけらかんと話したという。

欲もなさそうだ。作品が候補作に選ばれたときは、「今日やばい電話がかかってきました」と伝え、受賞の知らせには「嘘ですよね」と返した。自分の作品が書店に並んでいるのを見ると、いまだに驚く。

読者の感想を読むのが好きで、手紙には必ず目を通す。「いろいろな読み方があるんだ」と、うれしくなるそうだ。

食べ物の好みはちょっと変わっている。物語を作る動力になっているのは、「お酒」と「七味唐辛子」。辛い食べ物が好きかと思いきや、大の甘いもの好き。「コンビニで買うチョコレートでもなんでも」いける。

芥川賞の受賞会見には、ベージュのワンピースに黒のカーディガン姿で現れた。シンプルで飾り気のない性格が、服装からも伺える。

太宰治、三島由紀夫、芥川龍之介の3人の作品では、太宰治が好み。『女生徒』に収められた『灯籠(とうろう)』がいちばん好きだという。

今村夏子さんの作風

今村さんの作品の書評には、「不穏」という言葉がたびたび出てくる。だが、本人はそんなつもりで書いているわけではない。「変なもの、怪しいものを書こうと意識しているわけじゃないのですが、自然とそうなってしまうんです」。

芥川賞を受賞したが、いわゆる純文学のイメージとはちょっと違う。難解さはない。今村作品は読みやすい。物語は平易な言葉で書かれ、文章にはリズムがある。すらすらと読める。

だがそれは罠だ。ふと気付いたときには、今村ワールドである「不穏」な空気のなかに迷い込んでいる。

物語のなかにはするすると入っていけるけれど、よくよく考えてみると、なんだか恐ろしいことが描かれているんじゃないかと気づく。ある意味では「意味がわかると怖い話」に似ている。ひとつ違うのは、種明かしがないところだ。本を閉じた後も、読者は物語に囚われている。「不穏」な空気は決して晴れない。

今村夏子さんの執筆環境

今村さんは1日5時間、物語を書くことを自分に課している。育児中ゆえに、時間を捻出のするはむずかしい。優先するのはあくまで子どもだ。

小説を書くのは夜中から明け方にかけてだ。娘といっしょに午後8時半に寝て、午前2時半に起きてパソコンに向かう。今村さんはこの時間を「とても長いです」と語る。

題材探しにはいつも苦労する。「執筆でいちばんのモチベーションは締め切りを守ること。自分のなかのものを絞り出すように創作しています」。

では、なぜ小説を書くのか。今村さんはこう話す。

「書くのはすごくつらいですし、いやだと思うときのほうが多いんですけど、書き続けられた理由はやっぱり楽しいからだと思います」

楽しいと感じるのは集中しているときだ。「集中しているときが楽しいです。もう我を忘れる感じです。自分がなくなる感じです。うまく表現できないんですけど」

だけど、いつでも集中できるわけではない。「なかなか集中できないですが、集中している一瞬が楽しくて、その楽しさを味わいたくて書いている感じです」

最近では小説を書くのにも慣れてきた。「開き直ることができたというか、失敗してもいいやと思えるようになりました」

「いつまで書いていたいか」の問いにはこう答えている。「本当に書きたいものがない、というときまで」

「いつか娘にも読ませたいと思えるようなものを書ければと思います」。これからも楽しませてくれそうだ。

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