教養としてのセクハラ学|家庭を守りたいお父さんたちの必修科目

教養としてのセクハラ学|家庭を守りたいお父さんたちの必修科目

セクハラが身近なものになった。いまこの瞬間も、どこかのオフィスで、なにげないひと言で、だれかを傷つけている人がいる。それは自分が働く会社の、となりの席に座るあの人かもしれない。あるいは自分自身かもしれない。

「自分は性的な発言に気をつけているから、セクハラをするなんてありえない」。そう思っている人は少なくない。

だけど、本当にそうだろうか? お父さんはセクハラしないと胸を張り、妻と娘に誓えるだろうか?

セクハラについての知識をまとめた。家族を守りたいお父さんには、続きをぜひ読んでもらいたい。

セクハラの歴史

セクシュアルハラスメントという言葉は、1970年代はじめにアメリカで生まれた。日本語では「性的嫌がらせ」と訳される。

セクハラという言葉が日本で広まったのは、1989年の「福岡セクシュアルハラスメント事件」がきっかけだ。

福岡市内の出版社に勤めていた女性が、性についての悪評を社内外に言いふらされるといった性差別を受け、意思に反して退職に追い込まれたという内容で、会社と上司に損害賠償を求める訴訟を起こした。日本初のセクハラ裁判だ。

裁判では、女性側の主張がほぼ全面的に認められた。判決は新聞の一面で報じられたほか、さまざまなメディアで取り上げられた。同年の「新語・流行語大賞」で、セクシュアルハラスメントが新語部門金賞に選ばれたことからも、当時の注目度の高さがうかがえる。

セクシュアルハラスメントに関する主な裁判例 – 厚生労働省

日本初のセクハラ訴訟「原告A子」と呼ばれて…「声をあげる女性は間違っていない、そう伝えたい」 – 弁護士ドットコム

その後、1999年に男女雇用機会均等法が改正され、事業主にセクハラ防止のための配慮を行うことが義務づけられた。これを機に、女性のセクハラ訴訟が大きく増えた。

セクハラの定義

セクハラは、男女雇用機会均等法で次のように定義されている。全文を載せる。

事業主は、職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。(男女雇用機会均等法第11条第1項)

本文中に出てくる「労働者」「職場」「性的な言動」の解釈をまとめておく。

労働者

対象となる労働者は、正社員だけではなく、契約社員、パートタイマー、派遣社員なども含む。

1997年の男女雇用機会均等法では、セクハラ対象となる労働者は「女性労働者」に限られていた。セクハラは「男性が加害者で女性が被害者」という図式だった。

2007年の改正で、男性労働者も含まれるようになった。条文から「女性」の2文字が消えた。女性上司と男性部下、女性同士、男性同士の関係でもセクハラが起きると認められた。

また、労働者には職制上の上下関係は含まれない。同僚同士や部下から上司への性的な言動もセクハラになり得る。

職場

ここでいう職場は、仕事をしている場所にかぎらず、取引先や出張先、車や電車などの移動中、飲み会、社員旅行など、業務の延長線上にあるとみなされる場所も含む。

性的な言動

性的な言動には、性に関する冗談やからかい、食事やデートにしつこく誘う、身体を不必要に触る、などがある。セクハラにあたる言葉や行動は、のちほど詳しく説明する。

セクハラの実態

厚生労働省は2016年に、セクハラに関する本格的な実態調査をはじめて実施した。働く女性の約30%がセクハラを受けたことがあると発表した。セクハラの防止が義務づけられているにも関わらず、依然として多くの被害が起きている事実が明らかになった。

セクハラの内容は、「容姿や年齢、身体的特徴を話題にされた」が50%を超えてもっとも多かった。そのあと、「不必要に身体を触られた」「性的な話や質問をされた」がつづいた。

セクハラ被害者で、抗議できた人は約10%しかいなかった。ほとんどの人が被害を訴えず、泣き寝入りしている事実がこの調査でわかった。

セクシュアルハラスメントという言葉が広まってから30年以上経っているのに、いまだに多くの人がセクハラで苦しんでいるのだ。

セクハラ被害、働く女性の3割経験 厚労省調査 – 日本経済新聞2016/3/5

セクハラに対する国(厚生労働省)の取り組み

国はセクハラをきびしく取り締まるつもりだ。2016年、厚生労働省は都道府県労働局に職場のハラスメント相談を受ける部署「雇用環境・均等部」を設けた。

これまでは、セクハラとマタハラは労働局の雇用均等室、パワハラは総務部あるいは労働基準部で対応していた。相談者がたらい回しにされるケースが目立ったため、窓口を一本化したかたちだ。

下のリンク先(厚生労働省発行のパンフレット)に全国の都道府県労働局の問い合わせ先が載っている。セクハラの相談はもちろん無料だ。

職場でつらい思いしていませんか? – 厚生労働省都道府県労働局のパンフレット

同時に、労働者が働きやすい環境づくりに向けた企業への指導・啓発を強化する方針も示した。こうした体制が整ったことで、セクハラが起こった企業に対する労働局の指導がきびしくなると期待される。

また、最近はひどい嫌がらせやいじめ、暴行を受けるなどしてうつ病などの精神障害を発症した場合に、労災が認められるケースが増えている。セクハラが原因で精神障害を患った場合も同様に、労災の対象となる。

セクハラ裁判も厳罰化の傾向

セクハラは被害者の人権を侵害する行為にあたる。加害者は「不法行為に基づく損害賠償責任」を問われる。身体接触を伴う場合は、刑法上の責任を追及されることもある。

企業も、雇用する労働者が職務遂行中に第三者に損害を与えたとして「損害賠償責任」を問われる。労働者の安全に配慮する義務を怠ったとして「債務不履行責任」を問われることもある。

セクハラに対する判決もより重くなっている。転機となったのは、2012年の海遊館セクハラ訴訟だ。

大阪市の水族館で、管理職の男性2人が部下の女性派遣社員2人にセクハラ発言を繰り返し、女性の訴えを受けた会社から出勤停止と降格の処分を受けた。男性2人は「処分が重すぎる」として会社を訴えた。

2015年、男性側は敗訴した。最高裁は「極めて不適切なセクハラ行為で処分は妥当」との判決を下した。最高裁は次の発言がセクハラにあたるとした。

  • 俺の性欲は年々増す
  • 結婚もせんとこんな所で何してんの
  • この中で誰か1人と結婚しなあかんとしたら誰を選ぶ
  • (セクハラ研修受講後に)あんなん言ってたら女の子としゃべられへんよな

この判決は、相手が嫌がるそぶりを見せていない場合でも、セクハラ行為は許されないと示した。相手がはっきりと拒否しなかったから許されていると思ったという男性側の言い分は退けられたのだ。

この判決を機に、セクハラ発言に対して重い処分を科すことが、企業には求められるようになった。

セクハラ処分は妥当 大阪・海遊館職員の上告審で最高裁判決 – 日本経済新聞 2015/2/26

海遊館セクハラ訴訟を弁護士が詳しく解説しているページ – フォーサイト総合法律事務所

セクハラが企業に及ぼす影響

セクハラが起きて裁判になった場合、企業のイメージはいちじるしく悪化する。新聞の一面で報じられるような大きなニュースにならなくても、今はインターネットがある。いつでも誰でも調べられる。ネットのデータは何十年先も残る。企業のイメージを取り戻すのはむずかしい。

企業のダメージは法的責任だけにとどまらない。裁判にならないくらいの小さなセクハラでも、その事実は組織に悪影響を及ぼす。

最大の問題は人材の流出だ。セクハラを受けている人は、その職場で働くのが苦痛になる。休みがちになったり、うつ病など精神疾患を発症したりする。働き続けるのが難しい場合には、退職となる。

セクハラを理由に離職者が続くと、インターネットやSNSで情報が流れる。そういう時代なのだ。その会社は新しい人材が採用しづらくなる。

また、セクハラを受けていないほかの社員も士気が下がる。セクハラが起きているのに何もしてくれない会社、セクハラをするような人を管理職にするような会社を信用できるだろうか? 会社への不満は日増しに膨らんでいく。

こうした職場の雰囲気は仕事の生産性にも影響する。人材が流出し、従業員が存分に能力を発揮できない会社に未来はない。セクハラに対する予防や解決のための取り組みは、経営上の重要な課題なのだ。

対価型セクハラと環境型セクハラ

厚生労働省はセクハラを2つの類型に分けている。

ひとつは「対価型セクハラ」。職場で労働者の意に反して性的な言動や要求があり、それを拒否すると解雇や降格、減給など不利益を被るセクハラを指す。

例:飲み会のあとで部下をラブホテルに誘ったが、断られた。人事考課でその部下を低く評価し、出世の機会を奪った。

もうひとつは「環境型セクハラ」。労働者の意に反して性的な言動が行われ、労働者にとって職場の環境が不快なものになったため、就業する上で大きな支障が生じるセクハラを指す。

例:セクハラ発言を繰り返された部下がうつ病を発症し、職場に行けなくなった。

1 対価型セクシュアルハラスメント

仕事上の地位や権限を利用し、力のある者が力のない者に対して性的な言動を行う。力のない者がそれを拒否した場合、解雇や降格、減給、昇進・昇級の対象からの除外、不利益な配置換えを受ける。

出張中の車内で上司が部下の腰や胸に触ったが、抵抗されたため、その部下に不利益な配置換えをした
事務所内で社長が日頃から社員の体型をからかうなどしていたが、抗議されたため、その社員を解雇した

2 環境型セクシュアルハラスメント

抱きつく、身体に触れる、性的な関係を求める、性的なうわさを流したり中傷したりする、性的な冗談をいう、じっと見つめる、わいせつな写真やポスターを見せるなど、性的な言動で働く環境が害される。

勤務先の通路やエレベータ内などで、上司が部下の腰などを触り、部下が苦痛を感じて就業意欲が低下している
車内や取引先に対して、同僚が異性関係のうわさを流したため、仕事が手につかない

セクハラにあたると考えられる言葉と行動

セクハラにあたるかどうかは、次の2点が判断基準になる。

  • 「相手が不快に思っている」「意に反する」言葉や行動であったか
  • 「職場環境を悪化させる」言葉や行動であったか

ただし、セクハラだと感じたことに合理性・妥当性がない場合はセクハラにならない。

女性従業員のAさんは髪を短く切った。大好きなB部長に「髪を切ったんだね。似合ってるよ」と声をかけられた。うれしかった。すぐあと、大嫌いなC部長にも「髪を切ったんだね。似合ってるよ」と言われた。吐き気がした。不快感を覚えたため、C部長の発言がセクハラだと人事部に訴えた。

B部長とC部長の発言は同じなのに、C部長の発言にのみ不快感を覚えたのは、Aさんの好き嫌いの感情からだ。合理性や妥当性が認められないため、C部長の発言はセクハラにあたらない。

1 冗談やからかいなど、性的な発言全般

  • 下ネタはもちろん、結婚しない理由を聞くなど、自分がセクハラだと思いもよらない発言でも性的な冗談やからかいになるケースがある
  • 食事やデートにしつこく誘う(メールやSNSも含む)
  • 性的なうわさを流す
  • 個人的な性体験を話したり聞いたりする

2 視覚に訴える

  • 職場にヌードや水着のポスターを貼る
  • わいせつな画像を配ったり、ほかの社員とつながっているSNSにアップロードしたりする
  • きわどい写真をパソコンのスクリーンセイバーに設定する
  • グラビア雑誌をこれ見よがしに見せる

3 性的な行動

  • ホテルに誘うなど、性的な関係を求める
  • 身体を不必要に触る
  • 強制わいせつや強姦をする

まとめ|セクハラ加害者にならないためには?

僕らは「女性らしさ」「男性らしさ」を基準に、相手を判断してしまうときがある。

  • 来客時は女性がお茶を出すほうがいい
  • 女性はすぐに仕事を辞める
  • 女性のくせに性格がきつい
  • 重いものは男性が持つべき
  • 男のくせにナヨナヨしている

こうした思い込みは「性別役割分担意識」という。「女性らしさ」「男性らしさ」の強要や、性差別的な言動につながる。セクハラに発展する可能性がある。

「お酌は女性がするべき」と考えている上司が、飲み会で女性部下をとなりに座らせる。お酒が入り気分が良くなって肩に手をまわす。よくある話だ。

ある男性社員を「男のくせに弱々しい」と日頃から思っていると、「だから結婚できないんだ」といったセクハラ発言につながりやすくなる。

セクハラ加害者にならないためには、性別役割分担意識は捨てたほうがいい。といっても、僕らは子どもの頃から知らず知らずのうちに「女性らしさ」「男性らしさ」を刷り込まれている。いまさら、まっさらな状態に戻すのはむずかしい。

だったら、それを認めればいい。「自分には性別役割分担意識がある。セクハラ加害者になる可能性がある」という意識を持つのだ。このように発想を転換できれば、不用意な言動を防げるはずだ。

参考書籍:

  • 『ハラスメント時代の管理職におくる 職場の新常識』樋口ユミ
  • 『現場で役立つ!セクハラ・パワハラと言わせない部下指導 グレーゾーンのさばき方』鈴木瑞穂
教養としてのセクハラ学|家庭を守りたいお父さんたちの必修科目