高齢者の免許返納 説得する家族がいま知っておきたいこと

高齢者の免許返納 説得する家族がいま知っておきたいこと

高齢者ドライバーによる痛ましい事故が続く。高速道路の逆走やブレーキアクセルの踏み間違いなど、あわやといった事故もよく耳にする。ヒヤリとする瞬間がいまもどこかで起きている。

「高齢者は運転免許を自主返納しろ」。高齢者の事故がニュースで流れるたび、ネットやSNSは免許返納を求める声で溢れる。その声は日に日に大きくなる。

だが、高齢者には免許を手放せない理由がある。車は交通手段であり、生きがいだ。免許がなくなる不安。彼らの不安を埋めないかぎり、高齢者は免許更新を繰り返す。

家族だからできることがある。お父さんお母さん、おじいちゃんおばあちゃんを加害者にはしない。守る。いまこそ恩返しだ。

この記事では、高齢者の免許返納に関する知識を集めた。

改正道路交通法の説明

政府は2017年3月、道路交通法を改正した。はじめに改正道路交通法を軽く説明する。

道路交通法等の改正 – 警察庁

改正道路交通法では、75歳以上のドライバーに対する認知機能検査をさらに強めた。検査は高齢者講習で行う。高齢者講習は、70歳以上の免許更新希望者に受ける義務がある。75歳以上はさらに認知機能検査も受ける。

検査では、高齢者ドライバーを3つのカテゴリーに分ける。

  • 第一分類 認知症のおそれあり
  • 第二分類 認知機能低下のおそれあり
  • 第三分類 認知機能低下のおそれなし

第一分類に入った高齢者ドライバーには、専門医の診断が義務づけられる。専門医に認知症と診断されると免許停止または取り消しになる。

第二分類や第三分類でも安心はできない。認知症が疑われる交通違反を起こすと、臨時認知機能検査が待つ。再検査だ。そこで第一分類に入る可能性がある。

改正道路交通法はかなり厳しくなった。従来の道路交通法は、第一分類に入るだけでは専門医の診断を受けなくてよかった。義務があるのは、第一分類かつ、信号無視や一時不停止、踏切不停止といった交通違反を過去1年間に犯した者のみだった。

数字を見れば、従来の道路交通法の緩さがわかる。2015年の認知機能検査では、約5万44人が第一分類に入ったが、免許停止または取り消しになった高齢者ドライバーは、たったの565人だった。

改正道路交通法により、初年度は6万人以上の高齢者ドライバーが専門医の診断を受けると警察庁は見込む。多くの免許取り消し者や運転断念者がでる予定だ。

だが、問題もある。改正道路交通法は、運転に適さない高齢者の病気を認知症に絞る。認知症以外の病気は見抜けない。その病気が事故原因になる可能性は残る。

また、認知機能検査は記憶検査がほとんどだ。記憶検査ではアルツハイマー型認知症は見抜けるが、前頭側頭型認知症は見抜けない。

交通事故では前頭側型認知症がもっとも危険とされる。前頭側頭型認知症には、交通規則を守る気がなくなる症状がある。

前頭側頭型認知症が現れるのは、認知症患者全体の5%程度だ。高齢者ドライバーが増えるほど、5%は大きな数字になる。

高齢者の免許返納の状況

警察庁は改正道路交通法施行後1年間の状況を報告した。期間は2017年3月12日から2018年3月31日までだ。

改正道路交通法の施行状況(PDF) – 警察庁

認知機能検査受検者は合計210万5477人。第一分類の高齢者は5万7099人だった。全体に占める割合は2.7%。これはほぼ前年度並みの数字だ(2016年は3.1%)。

専門医で受診したのは1万6470人(2016年は1934人)。免許停止または取り消し処分を受けたのは1892人だった(2016年は597人)。医師の診断や行政の手続き待ちの高齢者は含まない。

思ったより少ないじゃないか。そんな感想を持つ。警察庁も、1万5000人程度が免許取り消し処分を受けると見込んでいた。

理由は、運転免許を自主返納する高齢者ドライバーが大きく増えたからだ。第一分類の高齢者のうち1万6115人が自主返納、4517人が有効期限切れで免許を失った。

運転免許の自主返納制度は1998年から始まった。自主返納した人は、運転履歴証明書が申請できる。これは身分証明書として使えるほか、商店街などで優待サービスを受けるメリットがある。

75歳以上の免許返納者数と返納率

自主返納者は年々増えている。75歳以上の免許返納者は、2009年には2万8087人だったのが、2018年には29万2089人に増えた。10倍以上だ。75歳以上の返納率も0.9%から4.9%に上がった。

だが、喜んではいられない。75歳以上の免許保有者も年々増えている。直近10年間では239万8551人も増えた。この数字は免許返納者数を軽く上回る。

75歳以上の免許保持者数と免許返納者数

さらに数年後には、戦後ベビーブームに生まれた団塊世代が75歳以上を迎える。団塊世代は、ほかの世代よりはるかに人数が多い。高齢者ドライバーはさらに増える。見込みでは2020年代にピークを迎える。

都道府県別に自主返納者数を見てみる。自主返納者は都市部に固まる。都市部は電車やバスなどの公共交通機関が整う。地方にはない。地方の高齢者には自動車が欠かせない事情が見える。

2018年の自主返納は、東京都2万3244人、大阪府1万7721人、神奈川県1万7708人、愛知県1万6641人、埼玉県1万5030人がトップ5だ。

運転免許統計 – 警察庁

高齢者の免許返納後の課題

免許返納を両親に勧める前に、クリアすべき課題が2つある。交通手段の確保とメンタルケアだ。

これらの課題を解決しない限り、両親は首を縦には振らないだろう。なにより、課題を解決せずに返納を迫るのは、両親に「はやく死ね」と言うようなものだ。

交通手段の確保

まず問題となるのが、交通手段の確保だ。買い物や通院はどうするのか。免許を返納するには、新たに生活を組み立てる必要がある。

これは行政の過ちだ。日本は街づくりに失敗した。経済を優先してきたツケが高齢者社会になった今、高齢者ドライバーの問題として表にでた。

日本は1970年代に車社会に入った。車社会は日本各地に広まった。地方都市では、自動車のみが生き残った。60年代まで日本人の移動を支えてきた路面電車や自転車は消えた。

地方都市は、量販店や病院、公共施設を郊外に移した。街中心部では自動車の駐車スペースが確保できなかった。中心部は空洞化した。まるでドーナツだ。商店街は人通りが減り、シャッター街に変わった。

中心部から数キロ離れた郊外にはニュータウンが生まれた。広い駐車場が確保できた。ニュータウンには車がないと行けない。買い物や病院に行くためにはマイカーが唯一の交通手段だ。

この流れは止まらない。1980年代以降も、地方都市はマイカーを前提とした街づくりを進めた。商店街のシャッターは閉まったままだ。そして現在に至る。

地方に住む高齢者がこれまでと同じレベルの生活を続けるには、健康上の問題があっても運転免許をやすやすとは手放せない。

メンタルケア

高齢者にとって運転免許は自立の象徴だ。車の運転ができることが、家族の中での自分の存在価値。そう考える高齢者は少なくない。

免許返納を勧めるときは、この点に配慮する必要がある。要は両親のプライドを傷つけるな、だ。

家族が多いほど、運転の機会は増える。三世代同居では、祖父祖母による買い出しや送り迎えなど、高齢者ドライバーが家族内で重要な役割を担う場合も多い。

運転はいわば生きがいだ。高齢者は家族に頼られたいと思っている。家族内で重要な役割を担うことで、自分が家族内で「必要とされている」と感じる。プライドが満たせる。高齢者にとってこれは大切なことだ。

運転免許を返納すると家族内での役割がなくなる。「自分は家族のお荷物になった」。そう考える。高齢者はプライドが傷つく。生きがいを失う。人生の終わり。これは若い世代にはわからない感覚だ。

これは極端な例かもしれない。だが、どの高齢者にも免許証はただの紙切れではない。家族との思い出がある。

ある人は子どもを遊園地に連れて行くために免許を取った。ある人は熱を出した子どもをすぐに病院に連れて行くために車を買った。免許返納を勧める側のために、両親はその免許を取った。「返納しろ」と、軽々しく言えるだろうか?

マスコミが騒ぐから、世論がうるさいから。そんな理由で離れて暮らす両親に電話をかけ、運転を止めろと言わないでほしい。説得は「いままでありがとう」から始めてほしい。

「車を手放せ」。この言葉は世代交代の宣言だ。これからは僕たちが支える。両親の親になる。それくらいの心づもりが必要だ。

両親の説得に成功したある女性の話

2017年10月30日付の朝日新聞は、ある女性を報じた。彼女は両親に免許返納を勧め、成功した。この事例は両親を説得する側のよい手本になる。簡単に紹介する。

一人娘である女性(53)は東京都に住む。故郷の長野県には、父(82)と母(78)が2人で暮らす。両親はともにアルツハイマー型認知症だ。

両親は運転免許を更新するつもりだ。運転には強いこだわりを持つ。娘は帰省時に何度も運転免許返納を訴えたが、説得はいつも失敗した。

娘は諦めなかった。その後も説得を続けた。診断書を手に、地元病院や警察署に何度も相談した。両親は渋々ながらも免許返納手続きに応じた。

そこから娘の行動は速かった。娘は自動車をすぐさま処分した。自動車保険も解約した。買い物は生協の宅配を、東京からインターネットで注文できる手配をした。飼い猫の餌も銘柄を調べて通販に変えた。市の高齢者向け配達弁当を週3回申し込んだ。

行事の送り迎えや介護タクシーの依頼なども、両親のスケジュールを見ながらすぐに対応する。娘は両親を支えている。

高齢者と運転 – 朝日新聞(2017年10月30日朝刊)

両親と離れて暮らす子ども世代は多い。子どもたちは都会で生活して、高齢者となった両親は地元に残る。

人任せではいけない。両親のケアを福祉行政に任せるのではなく、自分の問題として受け止める。率先して動くのは自分で、福祉行政はそのサポートだ。

同日の朝日新聞の記事には、NPO法人「高齢者安全運転支援研究会」事務局長の平塚氏のコメントがある。平塚氏は、免許返納後の生活設計に時間をかけさないと勧める。具体的には次の3点だ。

  • 家族や近隣の人の車に乗せてもらえるか
  • 買い物が難しくなる場合、宅配食品を週何回程度利用しても良いと考えるか
  • 運転に代わる楽しみはあるか

高齢者の免許返納の準備期間

交通手段を確保した、生きがいも見つかった。2 つの課題をクリアしても、両親が免許返納に応じるとは限らない。不安なのだ。

これまでの生活を急に変えるのは誰だってこわい。両親には、新しい生活に慣れる準備期間が必要だ。期限を決め、3つの妥協案をだすのはどうだろう?

運転する時間帯を決める

事故が起きやすい時間帯がある。昼間に比べて、夜間や朝方、夕方は事故を起こす要因が多い。夜間は見通しが悪く、朝夕は道が混む。危険な時間帯を避ければ、事故の可能性は減る。

運転エリアを決める

運転エリアは、自宅がある市町村内および隣の市町村内に狭める。慣れた道は危険な場所をよく知っている。知らない土地に比べると、とっさの判断は減る。道に迷うこともない。事故回避につながる。

走行距離を決める

走行距離が少なければ、事故にあう機会が減る。たとえば、1週間あたりの走行距離を100km以内に定める。車で遠くには行けなくなる。

高齢者の免許返納後の国や自治体の生活支援

ここからは免許を返納した高齢者に対する国や地方の生活支援を紹介する。紹介できるのは一部だ。他にも便利な制度やシステムはある。お金も安い。両親も喜ぶ。いますぐ調べよう。

タクシー定期券制度

国土交通省は、タクシー定期券制度の導入を決めた。タクシー定期券は定額で何度も使える。買い物や通院など、免許を返納した高齢者には期待が大きい。2018年度に実証実験を始め、2019年度以降の実施を目指す。

タクシーにも「定期券」平成31年度以降の導入目指す 国交省 – 産経新聞

報道発表資料:地域のニーズに応えるタクシー料金・運賃へ – 国土交通省

高齢運転者支援サイト

免許返納後の高齢者支援は地方でも始まっている。各地域の支援策は「高齢運転者支援サイト」が詳しい。一部を紹介する。

高齢運転者支援サイト – 一般社団法人 全日本指定自動車教習所協会連合会

滋賀県警では、認知機能検査で第一分類に入った人を対象に面談を始めた。面談には家族の同席を求める。

また、「高齢運転者支援係」を新しく設け、福祉部門と協力する。免許返納希望者には、高齢者の相談窓口「地域包括援助センター」を紹介する。免許返納後の孤立や不安を取り除く。

石川県警金沢署は「自主返納アドバイザー」を委託する。自主返納アドバイザーになるのは、運転免許を自主返納した高齢者だ。彼らは、警察署の窓口や地域の老人会などで住民の相談にのる。この取り組みは今後、県内の他の警察署にも広めていく考えだ。

島根県松江村では、市内に住む65歳以上の自主返納者がいっしょに乗る車を対象に、ガソリン代の割引を始めた。島根県石油協同組合松江支部に松江署が相談したのがきっかけだ。

デマンド交通システム

デマンド交通システムは、タクシーの便利さをバス並みの料金で提供する公共交通サービスだ。高齢化が進む過疎地で、自治体の福祉事業として取り組むケースが多い。

利用者は時間と目的地を電話で予約する。ワゴン車が利用者を順番に迎えに行き、それぞれの目的に送り届ける。料金は500円程度。バスとの違いは、利用者の家を回るところ。利用者は停留所まで歩かなくて済む。

栃木県鹿沼市では、自主返納した65歳以上の市民に、市内を走るコミュニティバスと予約制のデマンドバスの「終身無料乗車券」を配る。2ヶ月間で227人が乗車券を受け取った。すでに大きな効果が現れている。

高齢者運転免許自主返納支援事業について – 鹿沼市

鹿沼市が終身無料乗車券 運転免許返納者に8月から 栃木県内で初 – 下野新聞

群馬県前橋市には「マイタク」がある。マイタクはタクシー運賃の補助制度だ。補助金額は、1人では運賃の半額を上限に1000円まで、相乗りでは1人最大500円まで。対象は75歳以上の人、または65歳以上で運転免許を持っていない人(自主返納者を含む)、障害を持つ人だ。

登録者は当初予想の2倍にのぼる。6ヶ月間の延べ利用者は10万人を超えた。前橋市は補正予算を組み対応している。

マイタク(でまんど相乗りタクシー)のご案内 – 前橋市

北海道伊達市は街づくりの見直しに取り組む。医療や福祉施設、金融機関、大型店舗を街中心部に呼び戻す。街中心部と住居地域を結ぶデマンド交通システムを整えた。街に出れば、生活に必要なすべてが揃う。

また街中心部には工夫がある。歩道には段差がなく、道幅は広い。そのため歩きやすい。高齢者と障害者に優しい街づくりだ。

北海道伊達市の公式ホームページ

神奈川県大和市にもデマンド交通システムがある。運転手を含む運営スタッフはみな住民ボランティアだ。

自治会が集まってつくる「地域と市との協働『のりあい』」の運営に住民約50人が携わる。年間事業費の半額を市が負担し、残りを会員会費とカンパ、バザール収益でまかなう。利用者は年々増えている。

地域乗合交通創出支援事業(西鶴間・上草柳地域「のりあい」) – 大和市

神奈川県逗子市と鎌倉市は「買い物支援バス」を始めた。買い物支援バスは、特別養護老人ホームの送迎車が、地元スーパーで買い物を終えた高齢者を自宅まで送り届けるシステム。

運営は、両市の自治会と高齢者施設がおこなう。運行は週2回まで無料。自治会役員がボランティアでいっしょに乗る。

運転免許センターの女性看護師

熊本県は、運転免許センターにベテラン女性看護師を置く。看護師は、運転免許の自主返納を勧めるとともに、免許返納後の生活(移動手段と生きがい)についてカウンセリングを行う。

ドライバー認知症を専門的に判断 熊本県免許センターに看護師配置 – 産経新聞

ベテラン看護師は専門知識を持ち、人生経験も豊かだ。高齢者ドライバーやその家族からの信頼は厚い。また地元に住んでいるため、地域事情にも詳しい。免許返納後の生活も相談にのる。

免許センターでは、積極的に声をかける。75歳未満の免許更新希望者にも、認知症が疑われる人には認知機能検査の受診を勧めたり、運転免許の自主返納を促したりする。「なぜ免許が必要なのか」を家族を交えて聞き取り、問題を取り除く。

このシステムは、佐賀、大分、宮崎、鳥取、茨城、和歌山、鹿児島、香川と次々と広がっている。

参考書籍:『高齢者ドライバー』所正文、小長谷陽子、伊藤安海

高齢者の免許返納 説得する家族がいま知っておきたいこと