社畜から脱出する8つのヒント! 社会の常識を捨てれば僕らは自由になる

社畜から脱出する8つの方法! 社会の常識を捨てれば僕らは自由になる

社畜として働く人は異常だ。まわりからはそう見える。だが本人はその異常さには気づかない。

社畜には自由になる時間がほどんどない。平日はサービス残業で帰りが遅くなり、土日は休日出勤を強いられる。1日は職場と自宅を往復するだけで終わる。

余裕がなくて当たり前だ。こんな生活では、自分の現状を振り返る時間がない。仕事の不安や心配は常に付きまとう。職場を離れても仕事のことばかり考える。自宅では体を休めるだけで精一杯。仕事以外のことを考えるのは夢の中だけ。なかには夢の中ですら仕事をしている人もいるだろう。哀れだ。

この記事では、社畜になる原因と、社畜からの脱出方法をまとめた。世間が言う「社会の常識」を捨てれば僕らは自由になる。思い立った今が、社畜脱出のチャンスだ。

社畜になる原因

海外には社畜にあたる言葉がない。ハードワーカーもワーカホリックもなんだか違う。スレイブ(奴隷)がもっとも近いだろうか。

海外の人は、日本人の働き方を見て多少なりともショックを受けるようだ。とくにサラリーマンの働き方はたびたび海外メディアに取り上げられる。もちろん悪い意味で。

サラリーマンは辛いよ アメリカ人もドン引きする日本人の働き方

社畜の原因は日本にある。日本には社畜を作る土壌が整っている。社畜になる仕組みを見てみよう。社畜脱出の手がかりが見つかるはずだ。

やりがいを求める価値観の刷り込み

社畜になる下地づくりは小学校から始まる。学校では「働くのはお金のためだけではない」といった教育を受ける。大人たちは夢を叶えたとか、人の役に立つとか、仕事のやりがいばかりを語る。給料や労働時間には触れない。

学校では労働者が知っておくべき知識は教えない。「有給休暇も残業代も労働者の権利である」。学校でそう習っていたら、もう少し違う日本になっていた気がする。だけど子ども達には現実を隠す。きれいな上澄みだけを見せる。大人になってもサンタクロースを信じるような、夢の世界の住人を作る。

子ども達は洗脳される。「仕事で大切なのはやりがいである」。そんな価値観を刷り込まれる。給料や休日、拘束時間は、やりがいに比べると些細なことだと思うようになる。そうして成長した子ども達を、企業は軽々と釣りあげる。やりがいを餌にして。

過酷な就職活動

就職市場は、売り手市場と買い手市場を行ったり来たりする。バブル崩壊後は買い手市場が続いた。買い手市場では企業側が有利だ。

買い手市場で就職活動を迎えた学生は、何通もの不採用通知を受け取った。彼らは否定され続けた。若く傷つきやすい彼らの自尊心はズタズタに切り裂かれた。

余裕がなくなっていく。「正社員だったらどこでもいい」。多くの学生がそんな気持ちだった。会社を選ぶのではなく、会社から選ばれるのを待った。そしてとうとう内定を得る。

学生は内定をくれた企業に強く感謝した。感謝の気持ちは会社への忠誠心につながる。ようは恩返しだ。力関係は企業側が上。その関係は入社後も変わらない。企業には社畜候補が次々と入社した。

職場の同調圧力

入社後、社畜教育は最終段階を迎える。職場では同調圧力による洗脳が始まる。

日本の職場は閉鎖的なところがある。自分とは異なる考え方を個性と受け入れる柔軟さを持たない。社員にはみんなと同じ考え方、みんなと同じ働き方を求める。それができないと、協調性がない人物とみなされる。仲間はずれになる。

同調圧力には抗えない。相手は1人2人ではない。職場全員だ。数の暴力。こちらは新入社員であちらは先輩社員ときたら、勝敗は初めらから決まっている。従うしかない。抵抗むなしく、最後には落ちる。晴れて社畜の仲間入り。そして歴史は繰り返される。

社畜脱出の方法

社畜はすでに洗脳されている。社畜としての考え方、価値観が体に染み付いている。その汚れは簡単には落ちない。

社畜脱出には強い意志が必要だ。僕たちは社畜的な考え方や価値観を、社会の常識だと教わってきた。長い時間をかけて刷り込まれてきた。それをリセットするのだ。簡単じゃない。生き方を変えるのだから。

だけど、その価値はある。考え方を変えれば、僕らは自由になる。仕事から解放される。

ここからは、社畜脱出の方法みていこう。

仕事にやりがいを求めない

日本人は仕事にやりがいを求める。学校教育でそう刷り込まれてきた。やりがいのある仕事こそが幸せ。テレビは述べ、雑誌は書く。「好きなことで、生きていく」。ユーチューバーは語る。満面の笑顔で。若者たちは洗脳された。「やりがい=幸せ」。そんな風潮が生まれた。

だけど、好きなことを仕事にしても幸せになれる保証はない。趣味でやるのと仕事でやるのとでは勝手が違う。自由が消える。会社は口を出し、顧客は文句を言う。好きだからこそ悩みも大きくなる。妥協を許せない。手を抜けず、苦しい。

仕事にやりがいを求めすぎると、社畜になりやすい面もある。やりがいを重視する人は、給料が安くても、休みが少なくても、やりがいさえあれば幸せだと考える。この考え方は会社には都合がいい。会社はやりがいを餌に、安い給料で人を雇う。少ない休日で人を働かせる。やりがい搾取だ。

やりがいは会社と従業員の関係を歪ませる。会社と従業員は契約関係にある。従業員は時間と労力を会社に差しだす。会社は働いた分の給料を払う。法律ではこうなっている。この関係が壊れると、それは仕事とは呼ばない。ボランティア、あるいは奴隷労働と呼ぶ。

やりがいの有無だけで幸せは測れない。仕事量と給料のバランスも幸せを作る大切な条件だ。100%のやりがいがあっても、このバランスが崩れているなら幸せにはなれない。人生には仕事以外の楽しみもある。やりがいに囚われて、給料や労働時間といった条件を疎かにしては不幸になる。

社畜かどうかは次の表でわかる。自分の位置を確かめてみよう。仕事量が多く給料が安ければ、あなたは社畜だ。やりがいのあるなしは関係ない。ブラックな会社にいいように使われている。

あなたは社畜である

責任感を持ちすぎない

「いますぐ会社を辞めろ」。ブラック企業で働く人を見て、そう言う人がいる。「成長のチャンスだ。耐えろ」と言う人もいる。どちらが正解なのか。やはり、会社を辞めるのが正解だ。

会社を辞めずにうまくいく人は少ない。多くは辛い状況に耐えきれずに心と体を壊す。日本には仕事が原因で壊れた人がたくさんいる。これが現実だ。テレビドラマのような逆転劇はそうそう起きない。

人間は弱い生き物だ。簡単に壊れる。一度壊れると、もとに戻るには時間がかかる。あるいは二度と元には戻らない。たくさんの人が、働けずに今も苦しんでいる。壊れてからでは取り返しがつかない。

会社を辞める選択ができないのは責任感からだ。責任感が強い人ほどまわりにかける迷惑が心にひっかかる。残された同僚の負担が気にかかる。逃げるのは無責任。そう結論づける。踏みとどまり、引き返す。良い人なんだろう。

だけどそれは間違った選択だ。優先すべきは自分の心と体を守ること。会社に残っても、心と体は近いうちに壊れる。働けなくなる。結局はまわりに迷惑をかける。両者共倒れだ。それなら、自分だけでも助かる道を選ぶのが賢い。

会社を辞める基準はみなそれぞれ違う。耐久力には個人差がある。同僚が耐えているから自分も耐えられる。そんな公式はない。「彼らは耐えている。だが自分は逃げる」。それでいい。

辞める選択肢があることを常に忘れてはいけない。追い込まれると人は辞める選択肢が頭から消える。これは危険な状態だ。危機感を覚えないほど、体が狂っている。頭が正しく働いていない。

仕事のせいで人生を壊すのはアホらしい。逃げようと思えば、どんな会社からでも逃げられる。会社を休み、携帯の電源を切ればいい。自宅がばれているなら、実家に帰るなり、ホテルにいくなりすればいい。会社から離れれば、冷静さも戻ってくる。

経営者視点を持たない

日本の会社は従業員に経営者視点を求める。そしてそれを正しいと思い込む従業員がいる。彼らは手を組み、経営者視点を持たない従業員をできない人扱いする。

これはおかしい。経営者の利益と従業員の利益は両立しない。大抵の場合、経営者のメリットは従業員のデメリットになる。経営者視点では給料が安く休日が少ないほうが儲かる。従業員は疲れ果てるだけ。なんのメリットもない。

コスト意識も似たような言葉だ。「コストを意識しろ」。会社はうるさく言う。だけど、そのコストには従業員の給料も含まれる。「給料に文句を言うな」、「サービス残業をしろ」。心の声が聞こえてくる。

経営者視点やコスト意識という言葉は隠れみのだ。経営者は従業員の不利益を隠そうとする。労働者の権利から従業員の目を逸らさせるために、でたらめな言葉を使う。論点をずらす。彼らの言葉を信じると、操り人形になる。

だまされてはいけない。従業員が経営者視点を持って得をするのは経営者だ。そして従業員が経営者になることはない。退職するまで雇われは雇われのままだ。

プライベートを犠牲にしてまで、会社のために働くメリットはあるだろうか? 仕事で大きな成果を上げても、得られるのは1段階の昇級だけ。給料はほどんど増えず、仕事はさらに増える。その陰で、経営者は何十倍、何百倍もの利益を得る。

従業員はもらえる給料の分だけ働けばいい。本来はそれが当たり前なのだ。

職場の人間関係は気にしない

職場の人間関係は会社員を悩ませる。なかには上司や同僚とのコミュニケーションが嫌で会社に行けなくなる人もいる。うまくいかないのは、自分のコミュニケーション能力が低いから。問題は自分側にある。そう思い込む。

だけどそれは違う。職場では人間関係がうまくいくほうが珍しい。上司や同僚は自分では選べない。世の中には合わない人がいる。相性が悪い人とは誰だって仲良くできない。相性が悪い人がたまたま職場にいた。運が悪かった。それだけのこと。誰のせいでもない。

社畜になると職場が世界のすべてになる。上司は部下を指導して仕事を評価する。部下は上司が偉く見える。頭が上がらない。でもそれは職場での話。

職場は小さな世界だ。外には大きな世界が広がっている。一歩会社をでれば、上司はだだのおじさんに戻る。100mも満足に走れないおじさんを怖がる必要なんてない。社畜になると、そんなこともわからなくなる。狂っている。

会社と自宅の往復の毎日だと世界は狭くなる。監獄実験と呼ばれる有名な実験がある。これは映画にもなった。

実験では被験者20人を看守役と受刑者役に分けた。被験者は役になりきった。看守は看守らしく、受刑者は受刑者らしく振るまった。すると変化が起きた。看守役は受刑者役に暴力を振るうようになった。実験は中止した。

これは職場でも起こる。職場では、上司は上司らしく、部下は部下らしく振るまう。上司は偉くなった気分になり、部下はおどおどするようになる。上下関係は動かせなくなる。だがそれはいつわりの世界だ。目を覚ませ!

会社とはドライに付き合う

昔、会社は特別な場所だった。日本の会社には終身雇用があった。年功序列で、勤続年数が長いほど給料が上がった。社員は定年までの40年間をひとつの会社に勤めた。社畜として会社に尽くす。それは正しい選択だった。

だが時代は変わった。日本経済は成長を止めた。今は大企業でも潰れる。終身雇用や年功序列賃金は昔話になった。会社は社員の一生を保証してくれない。会社に尽くす、社畜的な働き方が報われる時代は終わった。

会社と社員の関係も変わる。関係は対等だ。上下ではない。武士は負け戦とわかっていても幕府や殿様のために最後まで戦った。それはそうするなりの褒美がもらえたから。今は褒美がない。負け戦は逃げる。戦う義理はない。

会社とはドライに付き合う時代に変わった。社員の権利ははっきりと主張する。サービス残業は明らかに違法だ。残業代を払うと会社が潰れる? それで結構。法律も守れない、そんな会社は潰れてしまえばいい。かわいそうなのは社員側で、悪いのは約束を守らない会社側だ。情け心を出すから社畜になる。

これはプロフェッショナルに徹するということ。会社に甘えるのも、会社を甘えさせるのもやめる。社員は義務を果たす。仕事は手を抜かない。その代わりに会社にも社員の権利を守らせる。会社も社員もプロフェッショナルに徹する。お互いにメリットは大きい。

自分の価値を高める

会社と対等に付き合うには、社員側に強さが必要だ。交渉の最後のカードは退職。いつでも会社を移れる人材でないと、対等な交渉はできない。雇ってくれる会社が他にないなら、会社のいいなりになるしかない。

社員の強さは、労働市場における自分の価値でわかる。転職サイトに登録して話を聞いてみるのも手だ。自分の価値がはっきりわかる。

まずはキャリアの棚卸しから始める。会社で数年働くと業務経験が得られる。だが、その経験は他の会社で役立つだろうか。

いまの会社でしか役に立たない業務経験をいくら積み上げてもキャリアにはならない。他社には魅力的な人物と映らない。これは危険だ。いまの会社が潰れると仕事がなくなる。異動希望を出すなり、資格を取るなり、はやめに手を打とう。

また、市場価値が低いスキルもある。仕事には需要と供給がある。難関と呼ばれる資格でも、資格保持者が多ければ市場は飽和する。代わりはいくらでもいる。

この場合は、差別化を図る。ありふれた資格でも組み合わせ次第では輝く。いまの自分に、+αの付加価値をつける。わかりやすいのは英語だろう。たとえば、日本に美容師は多いが、英語がしゃべれる美容師は少ない。セールスポイントが2つあるのは大きな強みだ。

キャリアプランは慎重に練る。市場価値が高くなるように業務を選び、資格を取る。会社の言いなりではなく、面談では自分の希望をはっきり伝える。早く帰れる部署に移ってプライベートで勉強するのもいい方法だ。

需要がある人材になれば、社内での立場は強くなる。会社に選ばれる側ではなく会社を選ぶ側になる。晴れて社畜脱出だ。時間はかかる。だが、自由になれる。

借金をしない

社畜と借金には深い関係がある。借金は会社への依存度を高める。月々の返済は待ってくれない。会社をクビになると返済が滞る。返済のために会社にしがみつく。会社の立場は強くなる。借金持ちは社畜になる。

借金の代表格は住宅ローンだ。家は高い。価格は数千万円にのぼる。現金では買えない。金持ち以外は、住宅ローンを組む。数十年単位の借金を背負う。

「賃貸でも家賃がある。毎月お金を払うのは変わらない」。こういう意見もある。だが、賃貸は引越しができる。毎月の支払いを減らせる。給料が下がったり、会社が潰れたりしたときには生活のランクを下げられる。会社に依存するリスクは低くなる。

他には専業主婦(あるいは専業主夫)もリスクが大きい。結婚すると生活費は2人分になる。支出は2倍にはならないが、1人よりはお金がかかる。負担は1人の肩にのしかかる。家族の人生を預かるプレッシャーは2倍どころではない。ずっしりと重い。

重いものを背負うという点では借金に似ている。働く側は大きな責任を負う。仕事で追い詰められても、耐える以外にない。家族の生活がかかっている。会社から逃げるという選択肢が消える。ボロボロになるまで働く。そして壊れる。

共働きはリスクが分散できる。ひとりにアクシデントが起きても、もうひとりが支えられる。心に余裕が生まれる。転職、休職、異動願いなど、選択肢が持てる。生活のレベルは多少下がるかもしれない。だけど、壊れるよりは遥かによい。

子供ができると状況は変わる。育児には家庭の方針がある。ただ、子供がいないのにどちらかが家庭に入るのは考えたほうがいい。人生の選択肢が減る。

自分らしく生きる

日本では、自己主張が強い人物は嫌われがちだ。職場で嫌われると仕事がやりにくい。情報が回ってこなかったり、協力が得られなかったりして仕事が滞る。

ときには妥協も必要だ。まわりとうまくやっていくために、みんなに合わせるべき場面がでてくる。自分の意見より、会社の方針を優先する。

だが、みんなと合わせるのにも限度がある。妥協できる部分とできない部分は、はっきりと分ける。労働者の権利を犯したり、自分を不幸にしたりする行為には付き合わない。そうしないとなんでもありになる。サービス残業に付き合い、有給休暇は取らず、飲み会に毎度参加する。こんな社畜人生を歩むことになる。

価値観は人それぞれだ。仕事が好きな人もいれば、嫌いな人もいる。残業したい人がいれば、早く帰りたい人もいる。どちらが良くてどちらが悪い、そういう話ではない。これが事実だ。この事実を認めずに「みんなと同じ」になろうとするからおかしくなる。

自分の価値観をもっと大切にしよう。世間が言う正しい行動ではなく、自分にとっていちばん良い行動をとろう。みんなに合わせることばかり考えていると、誰かの劣化コピーになる。僕らはすでにオリジナルなのに、上書きしてどうする?

自分の人生だ。「やりがいのある仕事が幸せ」、「結婚して子どもを作るのが幸せ」。そう思う人はそうすればいい。だけど、違うなら無理に付き合わなくていい。「テレビゲームが好き。ひとりの時間が幸せ。だから仕事をはやく終わらせて帰る」。なにが悪い?

他人は口を出すが、責任は取ってくれない。価値観を押し付けるだけ押し付けて、あとは知らんぷりを決め込む。他人の言う通りにしても、人生の責任を取るのは自分だ。

自分が嫌なことは断ろう。自分らしく生きよう。「世間ではそう言われているけれど、僕には合わない。だから、自分が価値があると思うものに時間を使う」。

一度きりの人生だ。自由に生きていけばいいじゃないか。

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