パワーハラスメントは「相手より優位な立場を利用しておこなういじめ・嫌がらせ」をいう。そんなこと、誰でも知っている。
では、これはどうだ? セクハラと同じように、「受け手が不快に感じるとパワハラになる」のか? 自信を持って答えられる人は少ないはずだ。
この記事では、パワハラの定義や基準を具体例をあげながら解説していく。また、パワハラに悩む人がどれほど多いのか、国や企業はどういった対策をとっているのか、パワハラはどんなときに労災になるのか、といった情報もあわせて紹介する。
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いま、パワハラはこうなっている!
パワハラ相談件数は増加傾向
パワハラの相談件数は年々増えている。厚生労働省が発表した『平成29年度個別労働紛争解決制度の施行状況』によると、総合労働相談の件数は110万件。そのうちもっとも多かったのは「いじめ・嫌がらせ」に関する相談で、7万件を超えた。職場での「いじめ・嫌がらせ」とは、つまりパワハラだ。
パワハラ関連の相談がトップに立ったのは2012年。その後は6年連続で1位をキープしている。まさに独走状態だ。それまでは「解雇」や「自己都合退職」に関する相談が多かった。
パワハラ相談が増えている原因
なぜ、パワハラ相談が増えているのか。ひとつは中小企業のパワハラ対策が整っていないのが原因だ。
2017年に厚生労働省が公表した『職場のパワーハラスメントに関する実態調査報告書』によると、1000人以上の大企業ではパワハラ対策が進み、専用の相談窓口を設けている。いっぽうで、企業規模が小さくなるほど対策は進んでいない。99人以下の小さな企業では、わずか26%にとどまる。
「職場のパワーハラスメントに関する実態調査」の報告書を公表します – 厚生労働省
小さな会社でパワハラ対策が進まないのは、その規模にある。こうした会社では社員数が少なく、全員の顔と名前が一致するのが珍しくない。管理職の横のつながりも強い。パワハラを受けていても社内では相談しづらい環境だ。労働局や労働基準監督署、弁護士といった外部に頼るしか道がない。
また、インターネットで気軽に相談できるようになったのも、相談件数が増えているひとつの要因だ。厚生労働省のホームページ「あかるい職場応援団」では、全国の相談窓口が案内されている。
パワハラ被害者はじっと耐えている
しかし、相談後に行動を起こす人は多くない。さきほどの『職場のパワーハラスメントに関する実態調査報告書』では、パワハラ被害を受けた人の40%が「何もしなかった」と答えている。
厚生労働省の統計に含まれないパワハラ被害者がいるのも、忘れてはいけない。「社内外に相談しても解決しない」といったあきらめや、「相談するとさらにひどくなる」といった不安から声を上げられずにいる人も多く存在するはずだ。
公表されている相談件数はほんの一部で、もっと多くの人がパワハラを受けていると考えられる。
パワハラ対策に企業は重い腰をあげた
企業もパワハラを見過ごせなくなってきた。パワハラ防止を盛り込んだ就業規則の改定、ハラスメント相談窓口の設置、ガイドブックによる社内告知、管理職を対象としたハラスメント研修など、大企業のみならず中小企業でも、こういった取り組みを検討する企業が増えている。
企業にとってパワハラは大きなマイナスだ。労働問題や訴訟のリスクはもちろん、職場環境の悪化、生産性の低下が起こる。インターネット上に悪いうわさを流されるリスクもある。
世間もきびしい目を向けている。ここ数年で企業以外にも、学校やスポーツ界の暴力や強迫行為がいくつも報じられた。パワハラは多くの人が注目する、報道機関にとってのキラーコンテンツとなった。
企業はやっと気づいたのだ。パワハラ対策を取らないとヤバいことになる、と。
パワハラは、セクハラやマタハラと違って、法律でその対策がはっきりと義務付けられているわけではない。それにもかかわらず、多くの会社が何らかの対策を進めているのは、パワハラが企業の経営を揺るがすほどの大きな問題だと認めたからだ。
パワハラは労災になる
かつては、パワハラは労災だと認められなかった。パワハラが原因でうつ病などの精神障害を患ったとしても、上司と部下の感情のもつれだと判断されてきた。被害を受けた側が精神的に弱かったのが原因だ、とされることも多かった。
だが、そんな時代は終わった。「パワハラは労災になる」と認められるようになったのだ。
厚生労働省は、2009年4月に『心理負荷による精神障害等に係る業務上外の判断基準』の一部を改定した。精神障害の原因が会社なのか個人なのかを判断する資料『職場における心理負担表』に、パワハラを意味する「ひどい嫌がらせ・いじめ、又は暴行を受けた」という項目を加えた。
「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」の一部改正について – 厚生労働省
心理負荷の程度は最高レベルの「強度Ⅲ」。強度Ⅲは強い心理的負荷を感じる出来事で、ほかには次の5項目しかない。
- 重度の病気やケガ
- 交通事故(重大な人身事故、重大事故)を起こした
- 労働災害(重大な人身事故、重大事故)の発生に直接関与した
- 会社の経営に影響するなどの重大な仕事上のミスをした
- 退職を強要された
これまで、上司からのパワハラは「上司とのトラブルがあった」という項目しかなく、強度Ⅱの評価だった。この改定によって、パワハラ行為を放置して精神障害を患う社員をだすのは、工場の事故でけが人を出すのと同じレベルの労災だと認められたのだ。
パワハラが労災だと判断される基準
さらに、2011年12月に厚生労働省は、長時間労働やセクハラ、パワハラによるメンタル不調者の救済を目的に『心理負荷による精神障害の労災認定基準』を定めた。
心理的負荷による精神障害の認定基準について(PDF:521KB) – 厚生労働省
この基準によると、精神障害の労災認定は次の3項目で判断される。
- 判断指針で対象とされる精神障害(うつ病など)を発症していること
- 判断指針の対象とされる精神障害の発病前おおむね6ヶ月の間に、客観的に当該精神障害を発症させるおそれのある業務による強い心理負荷が認められること
- 業務以外の心理負荷及び個体側要因により、当該精神障害を発症したとは認められないこと
つまり、精神障害の診断書があり、それが職場でのパワハラが原因だと認められる場合だ。2、3の心理負荷の評価は、上記リンク先(心理的負荷による精神障害の認定基準について)の別表1、2を用いる。
2017年度の精神障害による労災申請件数は、2016年度の1586件を上回る1732件の申請があった。そのうち506件が労災と認められている。
パワハラの定義
パワーハラスメントは2003年ごろに日本で生まれた言葉だ。それまでは「部下いびり」「職場内のいじめ」といった言葉で片付けられていた問題が、「パワハラ」という言葉ができたおかげで、いっきにクローズアップされるようになった。パワハラに悩む人がそれだけ多かったのだ。
政府もパワハラを問題視した。厚生労働省は2012年に「職場のいじめ・嫌がらせに関する円卓会議」、2017年に「職場のパワーハラスメント防止対策に関する検討会」をひらき、議論を重ねた。
これらの会議を経て、現在のパワハラの定義は次のようになっている。
同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為
職場の優位性とは
パワハラは、「職場にあるなんらかのパワーを持ち、相手より自分のほうが優位に立つ人」がおこなう行為だ。お互いの力関係が同じなら、パワハラではなく対立やケンカと呼ぶのが正しい。
2017年の『職場のパワーハラスメント防止に関する検討会』では、職場の優位性を「相手に逆らえない、または断れない確率が高い関係」とし、次の3つをあげている。
- 業務上の地位が上位の者
- 業務上必要な知識や豊富な経験を有している者
- 集団による行為
「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会」報告書を公表します – 厚生労働省
業務上の地位が上位の者
業務上の地位が上位の者とは、上司や評価する人を指す。つまり管理職だ。
職場では管理職が大きなパワーを持つ。そのパワーを使って、「わざと低い評価をする」「仕事をあたえない」または「多すぎる仕事をあたえる」といった行為をおこなう。「上司から部下」という典型的なパワハラだ。
業務上必要な知識や豊富な経験を有している者
業務上必要な知識や豊富な経験を有している者とは、専門的な知識や経験、スキルを持っている人を指す。「必要な情報を教えない」ことで、「仕事を妨害する」「ばかにする」といった行為をおこなう。
対象者は上司とは限らない。同僚や部下の場合もある。パソコンスキルがない上司に、「そんなこともできないんですか?」など、ばかにした発言を部下が繰り返すのは、パワハラにあたる行為だ。
集団による行為
集団による行為とは、派閥など特定のグループに属さない人を暗黙のルールで従わせるケースを指す。また、正論を振りかざし、相手を徹底的に痛めつける行為もあてはまる。
2とおなじで、対象者は上司以外に同僚や部下のときもある。本社から出向してきた上司に、現場のパートやアルバイトが示し合わせて、あいさつを無視したり、指示に逆らったりするのもパワハラにあたる。
業務の適正な範囲とは
業務の適正な範囲には、はっきりとした基準はない。厚生労働省もこのように解説している。
どのような行為が『業務の適正な範囲』を超えるものになるのかは、業種や企業文化等の影響を受けるし、その行為が行われた具体的な状況にもよるから、各企業・職場で認識をそろえ、その範囲をは明確にする取組みを行うことが望ましい
どうだろう?「そちらで考えてください」と言われているみたいで、なんだかスッキリしない。だけど、こう表現するしかないのだ。
考えてみると当たり前だ。たとえば、運送会社と清掃会社ではそもそも事業が違う。一方は運送に関する業務を、もう一方は清掃に関する業務をおこなっている。
同じ運送会社でも、経営方針で大きく変わる。長距離が得意な会社と近距離が得意な会社では、必要な業務は異なる。前者は長距離をトラックで運転する業務があるが、後者はない。
ひとつの企業の中でも、みんなが同じ業務をしているわけではない。営業がいて、経理がいて、人事がいる。同じ営業でも、法人営業担当と個人営業担当がいる。
業務の適正な範囲をひとくくりにはできない。同じ行為をおこなっても、ある人には指導や教育となり、ある人にはパワハラになるのだ。これがパワハラの判断基準をむずかしくする。
たとえばこういう話だ。
ある日のお昼休みに、掃除係のA君と給食係のB君は担任の先生に呼び出された。先生は「今日から毎日、放課後に15分残って掃除をしなさい」と2人に言った。2人は「わかりました」としぶしぶ答えた。
1ヶ月後、不満は爆発した。2人は学級委員長のC君に「先生がパワハラをする」と訴えた。放課後、クラス会議が開かれた。その結果、先生のB君へのパワハラは認められたが、A君へのパワハラは認められなかった。
理由はこうだ。掃除係であるA君が毎日、放課後に15分残って掃除をするのは「業務の適正な範囲」であり、先生の行為は「指導」である。しかし、給食係であるB君に放課後の掃除を強要するのは「業務の適正な範囲」を超えている。先生の行為はパワハラである。
ただし、明らかに業務上必要ないと断言できる指示はパワハラになる。
- 私的な送り迎えをさせる
- 嫌がらせ目的でトイレ掃除や草むしりをさせる
- 上司が部下に引越しの手伝いをさせる
また、指導の回数や人数が許容範囲を超える場合もパワハラになる。
- 数ヶ月にわたり毎日、反省文ばかり書かせる
- 何時間も立たせたまま叱る
- 職場全体で寄ってたかって責める
パワハラの6類型
厚生労働省は、2012年にまとめた『職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告』でパワハラを6類型に分けた。
- 身体的な攻撃
- 精神的な攻撃
- 人間関係からの切り離し
- 過大な要求
- 過小な要求
- 個の侵害
職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告 – 厚生労働省
厚生労働省が2012年におこなった『職場のパワーハラスメントに関する実態調査』では、「精神的な攻撃」が66.9%で圧倒的に多かった。「人間関係からの切り離し」が21.2%、「過大な要求」が16.8%でつづいた。
身体的な攻撃
暴行・傷害など。
- ものを投げつけられる、投げつけられたものが身体に当たる
- 蹴られる、殴られる
- 胸ぐらをつかまれて説教される
精神的な攻撃
脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言など。
- 同僚の前で、上司に無能扱いされる
- みんなの前で、ささいなミスを大きな声で責められる
- 必要以上に長い時間、くり返し叱られる
人間関係からの切り離し
隔離・仲間外し・無視など。
- 理由もなく、ほかの社員との接触や協力依頼を禁じられる
- 先輩や上司にあいさつしても無視される
- 根拠のない悪いうわさを流され、誰も会話してくれない
過大な要求
業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害。
- 終業間際なのに、多くの作業を命じられる
- ひとりではできない量の仕事を押しつけられる
- 達成不可能な営業ノルマを常にあたえられる
過小な要求
業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じる、または仕事を与えない。
- 営業職なのに、倉庫の片づけを必要以上に強要される
- 経理職で採用されたのに、毎日草むしりばかりやらされる
- 別の部署に移動させられ、仕事をあたえられない
個の侵害
プライベートに過度に立ち入る。
- 個人所有のスマートフォンを勝手に見られる
- 外出中に机の中を勝手に物色される
- 休みの理由をしつこく聞かれる
パワハラの判断基準
セクハラと同じように、パワハラも「相手がパワハラと思えばパワハラになる」と思っているなら、それはまちがいだ。
セクハラは、相手が不快に感じているかが大きな判断基準になる。だけど、パワハラの場合は、相手が不快に感じただけではパワハラとは判断されない。厚生労働省もこう言っている。
業務上必要でかつ適正な範囲を超えない指示、注意、指導等は、たとえ相手が不満を感じたりしてもパワーハラスメントとはいえない
裁判事例をひとつ紹介する。業務上の適正な範囲内の指導として、パワハラが認められなかったケースだ。
「上司や先輩が人格を否定するような言動や不当な差別的取り扱い、その他の嫌がらせ行為をし、また違法な退職勧奨などをしたことから原告が精神的損害を受けた」として慰謝料などを請求した – 雄松堂書店事件
この裁判では、原告が主張する上司や先輩のすべての行為において、パワハラは認められなかった。
原告は上司や先輩から指導を受けていたにも関わらず、「営業活動の報告をしない」「上司に確認せずに退社した」「社会人としてのマナーを守らない」など、勤務態度を改めなかった。上司や先輩の言動は業務上の適正な範囲内での指導と判断された。
業務上必要がある適切な指導であれば、たとえ受け手側が傷ついたと訴えても、パワハラにならないのだ。
では、パワハラの基準はなんなのか?
パワハラは「業務上の訂正な範囲を超えて」のいじめや嫌がらせだ。判断基準は、加害者の言動が客観的にみて指導の範囲を逸脱しているかどうかになる。
この判断がむずかしい。どこまでが業務上の適正な範囲内の指導なのか、どこからが業務上の適正な範囲を超えたパワハラなのか、その境目はあいまいで、ケースバイケースだ。
「使用者の職場環境配慮義務に関する実態調査」(東京都労働相談情報センター)によると、「パワハラが起きたときに対応が難しいと感じること」でもっとも多かったのが、「パワハラと業務指導との線引きが難しい」という答えだった。
業務上の適正な範囲内の指導
業務上の適正な範囲内の指導と判断されるのは、次のようなケースだ。
- ミスをした社員を注意し、具体的な改善策を示す
- いちど注意したのに勤務態度が改善しない社員をきびしく指導する
- 仕事上の議論や対立
- 行き過ぎない程度に仕事でストレスやプレッシャーをかける
このほかにも、受け手が被害妄想にとらわれている場合もパワハラとはいえない。
業務上の適切な範囲を超えた指導
業務上の適切な範囲を超えた指導と判断されるのは、次のようなケースだ。
直接攻撃
言葉や態度、行動で直接攻撃する行為。
- ほかの社員の前でたびたび叱る
- いつも大声で責める
- 直接的な暴力をふるう
- 嫌味や皮肉をいう
否定
相手の仕事や人格、存在を否定したり、無視したり、拒絶したりする行為。
- 能力を不当に低く評価する
- 評価に関して脅すような発言をする
- 相談にのらない
- 部下が困っているのに関わらない
- 挨拶されても無視する、冷たい態度をとる、話しかけない、仲間外れにする
強要
自分の仕事のやり方や業務を押しつける行為。
- 自分のやり方や、無理な仕事を一方的に押し付ける
- 残業を強要する
- 休みをとらせない
妨害
相手の業務を妨害する行為。
- 仕事をあたえない
- 経費を使わせない
- 会社の備品をあたえない
過干渉
業務を超えて相手に干渉する行為。
- 私生活やプライベートについて勝手に指示を出す
- 夜中や早朝にたびたび電話をかけたり、メールを送ったりする
頻度・場所・信頼関係もパワハラの判断基準になる
パワハラを判断する基準として、「頻度」「場所」「信頼関係」もポイントとなる。
頻度
暴力や、脅迫・人権を侵害するような言葉は、一度きりでもパワハラになる。だが、「こんなこともできないのか?」「だからダメなんだ」といった言葉や威圧的な態度でいちど叱ったくらいでは、おそらくパワハラにはならない。
ただし、こうした言動を毎日のように繰り返すと、相手の精神的なダメージが大きくなり、パワハラと判断される。
場所
指導する場所もポイントだ。同僚たちの前で叱ったり、メールにCCをつけてほかの社員から見える状態で注意したりするのは、相手の苦痛が大きいとみなされる。
信頼関係
相手が指導と感じるか、パワハラと感じるか、は日頃の信頼関係によっても変わる。信頼関係があればきびしく注意されても受け入れられる。信頼関係がないと、いじめや嫌がらせだと受け取られる可能性が高くなる。
教養としてのセクハラ学|家庭を守りたいお父さんたちの必修科目
参考書籍:
- 『パワーハラスメント〈第2版〉』岡田康子・稲尾和泉
- 『ハラスメント時代の管理職におくる職場の新常識』樋口ユミ
- 『現場で役立つ!セクハラ・パワハラと言わせない部下指導 グレーゾーンのさばき方』鈴木瑞穂